世界中の人びとに犠牲を強いる「必要のない戦争」 五味俊樹(国際問題研究家)

2026年6月17日、米国のトランプ大統領とイランのペゼシュキアン大統領は両国の戦闘終結に向けての覚書に署名し、同文書は即時、発効した。これにて2月28日の米国・イスラエルによるイラン攻撃で始まった戦闘状態はひとまず終止符が打たれた。しかし、覚書は60日以内(延長可能)に交渉し、最終合意を得るための諸条件を取り決めたものにすぎず、完全な停戦が実現するかは予断を許さない。
14項目から成る覚書の主なポイントは以下のとおりである。
第一に、両国は互いの主権と領土の一体性を尊重し、内政に干渉しないことである。
第二に、レバノンを含む全ての戦線で軍事行動を即時かつ恒久的に終結すること、米国は対イラン海上封鎖解除の開始、最終合意後にイラン周辺から軍を撤退することである。
第三に、ホルムズ海峡において、イランは60日間、通行料なしに船舶の安全な航行の確保、30日以内に海峡の機雷除去を開始することである。
第四に、イランは核兵器の調達や開発をしないこと、濃縮ウランはイラン国内で希釈し、処分することである。
第五に、米国とパートナーはイランの再建と経済発展の計画を策定、少なくとも3000億ドルを確保すること、米国は対イラン制裁の解除、凍結資産を解放することである。
第六に、最終合意は国連安保理の拘束力のある決議によって承認されることである。
覚書の内容は大半がイランの要求に副ったものであり、米国が得たものはほとんどない。それどころか、「トランプ・ネタニヤフ=コンビ」による軍事攻撃がいかに理不尽なものであったかを、皮肉にも覚書が証明する結果となった。
イラン攻撃の目的は、主として、イラン革命政府の打倒と核関連施設の壊滅であった。前者については、最高指導者アリ・ハメイニ師を含む多数の政権幹部を殺害することで目的を達成しようとした。しかし、イランは安価なドローンを効果的に駆使して激しい攻撃を耐え忍び、政権の生き残りを果たした。そもそも、他国による指導者の「斬首」は、国際法上確立された「国家主権の尊重」と「内政不干渉の原則」を踏みにじるものである。その後ろめたさのためか、トランプ政権は当該原則を覚書の中に入れざるを得なかったと思われる。
後者については、イランの核保有阻止を理由に激しい軍事攻撃を正当化した。しかし、イランは「核兵器不拡散条約(NPT)」によって認められている原子力の平和利用とそのためのウラン濃縮(3~20%)の権利を盾に不当な攻撃を糾弾、同時に、核保有の意思はないという従来の立場を主張した。加えて、イランはホルムズ海峡の船舶通航を阻む「新しい武器」を獲得し、原油供給を「人質」にして米国への対抗力を高めた。さすがのトランプ大統領も世界経済の危機的状況は無視できず、大幅な譲歩を余儀なくされた。その結果が、イラン国内での高濃度ウランの希釈容認ならびに対イラン制裁の解除と凍結資産の解放であったと思われる。
トランプ大統領は対イラン攻撃を「イランからの差し迫った核の脅威」に対処するための「自衛戦争」と位置づけた。ところが、最終合意に向けての協議の覚書を読むかぎり、トランプ政権は「核関連施設を含む核の脅威の完全撤去」まで求めてはいない。そもそも「先制自衛」の要件とされる「差し迫った脅威」などなかったのであろう。まさに核保有国の指導者「トランプ・ネタニヤフ=コンビ」は、国際法や条約を無視した「必要のない戦争」を起こし、いまもなお、世界の多くの人びとに多大な犠牲を強いているのである。


