#12 五味俊樹②

五味俊樹(東京国際大学特任教授)
ノルウェーのノーベル賞委員会は2024年10月11日、今年度のノーベル平和賞を日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与すると発表した。同委員会は授与の理由として、日本被団協が目撃証言を通じて「核兵器廃絶の実現」と「核兵器使用の全面禁止」を訴えて地道な運動を展開してきた点を挙げている。しかしながら、核兵器をめぐる世界の現実は、被団協のみならず核廃絶を求める多くの人びとの切なる願いとは真逆の状況にあり、やるせない思いにかられる。
広島平和公園内の『原爆死没者追悼碑』には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という言葉が刻まれている。このメッセージは被爆した側がその悲惨な経験を教訓に、被爆の憎しみを武力によって報復するのではなく、非暴力による平和構築を目指す決意表明であった。ところが、世界平和のために創設されたはずの国連において中核をなす安全保障理事会の常任理事国は、冷戦の過程において軒並み核兵器を保有し、ヒロシマ・ナガサキの悲痛な叫びに耳を傾けようとはしなかった。
ひとたび核兵器を保有すれば、南アフリカ共和国、カザフスタン、ウクライナを例外として、それを放棄しようする国は見当たらない。もっとも米国のオバマ大統領は、2009年4月5日、チェコ・プラハのフラチャニ広場で、米国が「核兵器のない世界の平和と安全を追求する」旨の演説をおこなった。世界の多くのメディアは大統領の勇断に賛辞を送り、オバマ氏はその年のノーベル平和賞を受賞した。ところが、オバマ氏は同じ演説の中で「米国は世界に核兵器が存在する限り、如何なる敵をも抑止し、同盟諸国の防衛を保証するために、安全かつ効果的な(核)兵器を保持し続ける」とも述べていた。オバマ氏は米国が一方的に核兵器を「削減」ないし「放棄」するつもりはなく、むしろ核兵器の抑止効果を肯定的に捉えていたわけである。その意味で、「プラハ演説」を希望の光として高く評価した人びとはこの点を見過ごしていた嫌いがある。
近年の世界情勢は、ロシアのウクライナ侵攻を皮切りに、<ロシア・中国・北朝鮮・イランから成る枢軸国>対<G7・NATO・日本・韓国・豪州等から成る西側連合国>とに分裂し、第三次世界大戦の前夜的状況を呈しつつあるようにも見える。それゆえ、核兵器の廃絶・軍備管理・軍縮・不拡散などの取り組みは、益々困難になっている。プーチン大統領は今年の11月19日、核兵器の使用条件を示した「核ドクトリン」のハードルを下げ、ウクライナを軍事支援する欧米諸国も核攻撃の対象になると示唆した。まさに、核兵器の使用も辞さない構えである。このおぞましい暴挙を阻止する最後の手立ては、「核なき世界」のヴィジョンとは矛盾するものの、オバマ氏が「プラハ演説」のなかであえて説いていた、「核兵器」によって「敵を抑止」することにほかならない。東アジアに目を転じると、今日のウクライナ戦争が明日の台湾有事や朝鮮半島有事につながりかねない状況にある。日本はこれらの問題を「対岸の火事」とすることは許されず、日米同盟の<統合>の水準を引き上げ、複合的手段による「抑止力」の強化に努めねばなるまい。
ごみ・としき 1948年生まれ。1979年上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士課程退学。玉川大学助教授、米国ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員を経て、大東文化大学法学部教授。2019年退職後現職。主な著書に『増補 国際関係のコモン・センス』『現代アメリカ外交の転換過程』『新安全保障論の構図』『9・11以後のアメリカと世界』『アメリカがつくる国際秩序』等がある。



