「必要最小限の軛」が戦争を招く 麗澤大学特別教授 元空将 織田邦男

 「専守防衛」は我が国防衛の基本政策の一つである。「専ら守る」と膾炙され、「守るだけで日本を防衛できるのか」、あるいは「攻撃兵器を保有してはいけない」と左右から非難されてきた。だが両者とも誤りである。
 公式の定義は以下のとおりである。「相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るという、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢」(防衛白書)
 つまり、 相手が攻撃してこない限り、先に武力を行使しないという意味であり、守るだけはなく、相手が攻撃をしてくれば反撃するし、そのための攻撃兵器も保有できる。「専守防衛」の奇怪さは、そこではない。防衛力の行使は自衛のための必要最小限にとどめ、保有する防衛力も必要最小限に限るという点である。
 災害派遣で自衛隊が出動するとき、最高指揮官たる総理大臣は自衛隊に対し、「全力を挙げて国民を救え」と訓示する。だが、日本が侵略を受けて自衛隊が防衛出動を命ぜられた時、総理大臣は「必要最小限で国を守れ」と言わざるを得ない。まるでブラックジョークである。
 「必要最小限の防衛力」で戦争を抑止できるのか。「相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使」ということは、国民に被害が出ていることを意味する。だが、国民に被害が出ることを前提とする政策など政策足りえない。ならば、敵に対し、絶対に戦争を仕掛けさせないことが必要となる。
 他方、「必要最小限の防衛力」しか保有せず、敵が「日本は与しやすし」と判断すれば戦争を抑止できない。「専守防衛」が戦争を誘発することになりかねない。こんな矛盾はどこから来るのか。
 憲法第9条はもともと戦力の保持を認めていない。国際環境が激変し、必要に迫られた政府は、「自衛のための必要最小限の実力」は「戦力」ではないとの詭弁に近い解釈変更を実施し、自衛隊を保有するに至った。この時以来、「必要最小限」があらゆるところで、自衛隊活動の障壁となってきた。
 これまでは「存在する自衛隊」でよかった。だが、昨今の国際情勢は極めて厳しく、「戦って勝つ自衛隊」でなければ平和を保てなくなった。戦争を抑止し、平和を維持するためにも、早急に憲法を改正し、「必要最小限の軛(くびき)」から解放されなければならない。

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