#1 村井友秀「無抵抗主義は世界の非常識」しんぽうフォーラム

無抵抗主義は世界の非常識 東京国際大学特任教授 村井友秀
現代の世界を見ると、多くの国で国民は好戦的であり軟弱外交は人気がない。現在の日本人が好戦的でないのは、80年前に大きな敗戦の経験があるからである。80年前に日本は米国と戦い、300万人以上の犠牲者を出して戦争に敗れた。歴史的に勝利と敗戦を繰り返し経験した欧州の国民とは異なり、外国との大規模な戦争の経験が乏しく、戦争に関して素人であった近代の日本人にとって、敗戦は国民的PTSD(心的外傷後ストレス障害)になった。
一億総懺悔する日本を占領した米国は、「米国に従順で軍事的に無能な日本」の実現を目指して日本の教育システムを改変した。日本国内でも大日本帝国時代に弾圧された社会主義者や共産主義者が活動を再開し、教育界やマスコミに大きな影響力を持つようになった。彼らは自分たちを弾圧した強い日本の復活を恐れ、弱い日本が彼らにとって安全だと考えた。日本の教育界とマスコミは、政治、経済、歴史、文化が複雑に絡み合った政治現象である戦争を、広島・長崎の原爆と東京大空襲に単純化して戦争を否定した。沖縄では集団自決が戦争のシンボルになった。
戦後の日本は世界(国連)の常識である軍隊による安全を無視し、軍隊の暴力性を強調して軍隊からの安全のみを語る国になった。その結果、日本では軍事的無能を合理化する絶対平和主義が、対立や紛争が絶えない世界情勢とは関係なく蔓延していった。日本の常識は世界の非常識になった。
無抵抗主義である絶対平和主義は、人間の生まれながらの権利である正当防衛を否定する。日本は侵略された国を助けるという国連憲章(集団的自衛権)を否定する唯一の国になった。集団的自衛権とは、侵略された国から援助を依頼された第三国が勇気を出して侵略者を攻撃し被害国を助けるという意味である。集団的自衛権とは各国が世界に約束している善意の行動である。日本のように侵略された国を助けないと公言している国が国際社会で尊敬されることはない。
日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国であるドイツは戦後も徴兵制を維持し、武器輸出も世界のトップ5である。冷戦後に徴兵制は中断されたが、再開を支持する国民は過半数を超えている(2023年)。欧米では徴兵制は、絶対王政に反対し民主主義を守るために国民が持つ不可欠の道具なのである。
日本を取り巻く安全保障環境が悪化する中で、日本でも軍隊からの安全と軍隊による安全のバランスの取れた議論が必要になっている。
むらい・ともひで 1949年生まれ。1978年東京大学大学院社会学研究科国際関係論博士課程退学。米国ワシントン大学国際問題研究所研究員を経て、防衛大学校国際関係学科教授。2015年退官後現職。日本防衛学会名誉会長。主な著書に『失敗の本質』『中国をめぐる安全保障』『戦略の本質』『戦略論大系7毛沢東』『現代の国際安全保障 安全保障学のフロンティア』『日中危機の本質』等多数がある。平和安全保障研究所奨学プログラム2期生、平和・安全保障研究所監事・研究委員。



