米中接近(G2体制)下の日本の安全保障 川上 高司

2026年5月、トランプ米大統領は北京を訪れ、習近平国家主席と「建設的な戦略的安定関係」の構築で一致した。前年秋にトランプ氏が米中関係を「G2」と称して以来、両超大国による二極協調の構図は急速に現実味を帯びている。会談ではイラン核問題や経済・貿易が取引の俎上に載せられた。かつてオバマ政権期にも語られたG2論は、米国が勢力圏の分割を警戒して退けた。だが今日のそれは、価値観や同盟よりも取引を優先するトランプ流の論理の上に立つ点で、日本にとってより剣呑である。
G2の本質は制度や同盟ではなく、首脳同士の取引と個人的関係に依存し、それゆえ予見可能性に乏しく振れ幅が大きい。そして最大の問題は、この接近が日本の頭越しに進みかねないことだ。トランプ外交の根本は「同盟よりディール」にあり、日米同盟は絶対の前提ではなく、米中取引の天秤にかけられる一変数にすぎない。
ここに同盟のジレンマが顔を出す。「見捨てられ」と「巻き込まれ」である。米中が手を握れば、日本は安全保障上の取引材料とされかねない(見捨てられ)。逆に競争が先鋭化すれば、最前線として戦火に巻き込まれる(巻き込まれ)。米中接近とは、この二つの恐怖が同時に増幅する局面にほかならない。中国が「核心的利益の中の核心」と位置づける台湾をめぐり、米国がどこまで関与を保つかは見通せない。高市政権の対中強硬姿勢は、米中が安定を優先するなかで日本だけが突出し、孤立するリスクをも抱える。
このジレンマが最も濃縮して表れるのが、八重山を含む南西諸島である。与那国島は台湾からわずか百十㌔。石垣・宮古・奄美には地対艦・地対空ミサイル部隊が順次置かれ、与那国にも防空ミサイルの配備が予定される。
石垣市が行政区域とする尖閣諸島では、海上保安庁が警備を強化している。日米共同作戦計画は第一列島線にミサイル網を敷く構想を描く。政府は「抑止力の強化」と説明するが、住民にとって島は、暮らしを守る盾であると同時に、有事に真っ先に標的となる最前線でもある。抑止と巻き込まれの境界線が、まさに人々の生活圏を走っているのである。
では日本はどう備えるべきか。第一に、米中いずれにも従属しない戦略的自律の確立である。米国の関与を当て込むだけでなく、自ら抑止を支える「自助」の覚悟が要る。第二に、クアッドやフィリピン、豪州との多角的連携によって、二国間依存の脆さを補うこと。第三に、抑止一辺倒ではなく、外交による緊張管理を並行させることだ。軍事的対峙を高めるほど巻き込まれの危険は増す。第四に、最前線の島々における住民避難とシェルター整備という、最も切実な備えを置き去りにしてはならない。守るべきは領土であると同時に、そこに生きる人々の生活である。
G2の時代において、八重山は日本の脆弱性であると同時に、地政学上の要衝でもある。問われているのは、米国の傘の下で安住する戦後の発想からの脱却である。大国の取引に翻弄されぬ主体的な国家戦略を構想する出発点は、この国境の島々にこそある。


