#57 今日の南シナ海は明日の東シナ海 德地秀士

今日の南シナ海は明日の東シナ海 平和・安全保障研究所理事長 德地秀士
南シナ海では、南沙諸島などを巡り、中国と東南アジア諸国との間に領有権争いがある。2013年にフィリピンがこの問題で中国を常設仲裁裁判所に訴訟を起こし、2016年にフィリピンの主張をほぼ全面的に認める仲裁判決が出た。今年はこの歴史的な判決から10年である。
10周年を迎えた7月12日には、アジア太平洋諸国だけでなく欧州諸国も加わり計14か国が共同声明を出した。もちろん日本も加わっている。2016年の仲裁判断に対する全面的な支持とともに、力による現状変更の試みに対する強い反対が改めて表明された。
振り返ってみれば、この仲裁裁判が出てからしばらくの間は、国際社会もこの問題に強い関心を示し、多くの国が中国の行動に反対を示したことから、中国は幾分自制していたと言われる。南シナ海のほぼ全域を覆うように描かれた「九段線」の主張もしばらくの間は控えられていた。
しかし、国際世論は移ろいやすい。「もう終わった話だ」と言ってそっぽを向く人。「新しい論点はない」として無関心になる人。「領有権争いは当事者間でやってくれ」という雰囲気。こうした突き放した態度が誰のためになるというのだろう。中国の思う壺にはまるだけである。現に中国はより強硬な態度に出ている。「九段」線は「十段」線になった。
そもそも、南シナ海は資源の宝庫である。例えば、日本の年間輸入量の40倍以上の天然ガスがここに眠るという。世界の漁獲量の1割以上は南シナ海からであるとも言われている。
また、南シナ海は世界経済の大動脈である。世界の貿易量の3分の1は南シナ海を通る。ここを経由する原油の約4分の1、天然ガスの半分以上が日本向けだという。
さらに言えば、南シナ海は、世界第1位と第3位の大洋である太平洋とインド洋を結ぶ要衝であり、ここに大陸国家・中国が進出して、海洋国家・米国との間で勢力争いを繰り広げている。ここは、今日の大国間競争の最前線である。
法の支配の原則に反し平和的解決を拒否する姿勢に対しては、粘り強くかつ声高に反対の声をあげ続けなければならない。終わった話だと言った途端に本当にこの話は終わってしまう。また、東南アジア諸国は力をつけなければならない。そのために日本を含む関係諸国は支援を強化する必要がある。
南シナ海でみられるような力による現状変更の試みは、いずれ東シナ海でもみられるようになると言われている。南シナ海問題は他人事ではない。
とくち・ひでし 1955年生まれ。東京大学法学部卒業、タフツ大学法律外交大学院(フレッチャースクール)卒業(修士)。防衛庁入庁。防衛省運用企画局長、同人事教育局長、同経理装備局長、同防衛政策局長、初代防衛審議官を経て2015年防衛省退職。2021年現職。中曽根平和研究所研究顧問。著書に『専制国家の脅威と日本』(共著2023年、勁草書房)『防衛外交とは何か』(共著2021年 勁草書房)、『気象安全保障:地球温暖化と自由で開かれたインド太平洋』(共著、2021年(東海教育研究所)等がある。



