#26 徳地秀士「日本の防衛費の水準を考える」

日本の防衛費の水準を考える 德地秀士
参議院選挙は与党の敗北で終わった。今後の政権枠組がどうなるにせよ、政治の不安定化は避けられない。国の防衛は必ずしも選挙の争点ではなかったが、日本の防衛の在り方について各党間のコンセンサスがあるわけではない。そうした中では、国防のような公共財への投資は、目に見える便益がすぐに返ってくるものでないだけに後回しにされがちである。しかし、国際情勢は日本の国内事情に関係なく厳しさを増している。多額の予算を要する課題が山積する中で今後の防衛費はどうすべきか、今こそ真剣に議論すべきである。
昨今の厳しい国際情勢に対応するため、政府は2027年度に防衛費を国内総生産(GDP)の2%に引き上げることを2022年に決めた。今、この「2%」目標が論争になりつつある。米国のコルビー国防次官は3月の議会で「最低3%」を主張した。ヘグセス国防長官は、3月の訪日時には「数字の議論はしなかった」としつつも日米双方がより大きな努力をすべきと述べた。同氏はまた、5月末にはシンガポールで、北大西洋条約機構(NATO)が5%を約束しようとしているときにアジアの主要な同盟国がより手強い脅威に直面してそれより低い数字では意味がないと述べた。実際にNATOはその直後に、2035年までに5%とすることを決めた。こうしたことが今日のGDP比の議論の背景にある。
欧州がロシアの脅威に対応するためにより大きな努力が必要であるなら、ロシアのみならず中国や北朝鮮の脅威に晒されている日本はもっと大きな努力をして当然だろう。「外圧」に屈するなとか、逆にこれを奇貨とすべきといった議論は正しくない。日本の周りの情勢を自分自身の問題として客観的に見つめるべきである。
しかし、本当に着目すべきは脅威の大きさである。国の防衛は脅威に対するものであり、自国経済の指標であるGDPに対応するものではない。経済規模が大きくても脅威が小さければ防衛費に多くを割くことはないし、逆に経済規模が小さくても大きな脅威があれば防衛費は大きくせざるを得ない。
他方、GDP比には意味がないというのも正しくない。国際秩序はみんなで支えていくべきものである。各国がその豊かさに応じて応分の負担をすべきこともまた当然である。税金の応能負担と同じである。決して外国へのお付合いではない。必要なのは、日本の立ち位置を正しく認識することである。
とくち・ひでし 1955年生まれ。東京大学法学部卒業、タフツ大学法律外交大学院(フレッチャースクール)卒業(修士)。防衛庁入庁。防衛省運用企画局長、同人事教育局長、同経理装備局長、同防衛政策局長、初代防衛審議官を経て2015年防衛省退職。2021年現職。中曽根平和研究所研究顧問。著書に『専制国家の脅威と日本』(共著2023年、勁草書房)『防衛外交とは何か』(共著2021年 勁草書房)、『気象安全保障:地球温暖化と自由で開かれたインド太平洋』(共著、2021年(東海教育研究所)等がある。



