#38 村井友秀「勇気と自己犠牲が日本を救う」

勇気と自己犠牲が日本を救う 東京国際大学特任教授 村井友秀
 安全保障に関する日本人の常識は世界の非常識である。非常識な日本の行動が周辺諸国を不安にしている。第二次世界大戦後の日本では戦争が徹底的に否定され、軍隊は国民を害する存在と見なされて「軍隊からの安全」だけが議論された。他方、軍隊の本来の任務である外国の侵略から国民を守る「軍隊による安全」は無視されてきた。

 日本では何故「軍隊による安全」が議論されないのか。それは敗戦のショックと戦後教育の結果である。戦後の日本は戦争を深く反省し、戦争に関係あるものを全て否定した。また、米国は日本が再び米国の脅威になる可能性を排除しようとした。その結果、学校と新聞は平和な時の道徳である優しさだけを教え、平和な時にも戦争の時にも必要な勇気や自己犠牲といった道徳が戦後の日本人には教えられなかった。優しさと平和主義が教育とマスメディアを支配した。

 世界では、平和主義は無抵抗主義と同義である。不法な侵略に抵抗しない無抵抗主義、悪に抵抗しない平和主義は正義ではないとして非難される。国際社会が平和主義を否定するのは、「平和主義者が暴力を放棄できるのは、他の者が代わりに暴力を行使してくれているからだ」(ジョージ・オーウェル)と考えているからである。米国には何故3億丁も銃があるのか。3億人の国民が自分の身を自分で守ろうとしているからだ。米国では銃で身を守る権利は憲法で保障されている。日本人は何故自分の身を守るために銃を持たないのか。日本人は自分が銃で攻撃されれば、銃を持っている誰かが助けてくれると思っているからだ。

 嘗(かつ)てアーミテージ元米国務副長官は、尖閣諸島を米軍が守ってくれるのかという日本人記者の質問に怒気を含んで答えた。「日本の兵士が米軍の前で戦っていれば米軍の兵士も戦う、日本の兵士が横で戦っていても米軍の兵士は戦う。しかし、日本の兵士が米軍の後ろにいれば米軍は戦わない」。同盟の信頼感は血と血の交換から生まれる。
 日本を取り巻く安全保障環境は変わりつつある。米国に負んぶに抱っこされ米軍のスカートの中に隠れる時代は終わった。米国への信頼感が低下する中で、世界が日本は頼れる国かどうかを見ている。日本が一定の軍事力を保有して安全保障の分野でも影響力を持ち、無法な威嚇に屈しない国であることを示すためには、日本人は勇敢で自己犠牲を厭わない国民であることを世界に示さなければならない。

むらい・ともひで 1949年生まれ。1978年東京大学大学院社会学研究科国際関係論博士課程退学。米国ワシントン大学国際問題研究所研究員を経て、防衛大学校国際関係学科教授。2015年退官後現職。日本防衛学会名誉会長。主な著書に『失敗の本質』『中国をめぐる安全保障』『戦略の本質』『戦略論大系7毛沢東』『現代の国際安全保障 安全保障学のフロンティア』『日中危機の本質』等多数がある。平和安全保障研究所奨学プログラム2期生、平和・安全保障研究所監事・研究委員。

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