【寄稿】宮古島の市民団体が自衛隊を相手取って起こした裁判 第1回口頭弁論を通して思うこと 石垣市在住 メルレ祐子
宮古島の市民団体が自衛隊を相手取って起こした裁判 第1回口頭弁論を通して思うこと この暴走を誰かが止めてやらないとえらいことになりゃしないか・・・ 石垣市在住 メルレ祐子
宮古島駐屯地の当時の司令が市民を恫喝したと、どうしてもそのように主張したい市民団体が、自称被害者という2人の老婦人が中心になって国と当時の司令に損害賠償と謝罪を求める裁判が6月9日、第1回口頭弁論として那覇地裁で開かれた。
この問題は、2025年8月に宮古島市で陸上自衛隊が実施した新隊員達の徒歩防災訓練の行軍中、抗議活動をしていた2人の老婦人が当時の司令に恫喝された、自衛隊が市民を恫喝するとは何事ぞ、と主張するものなのだが、はて、真相はそうだろうか・・・。
第三者、つまり外部から冷静かつ公平な目で見ることができる人間から見ると、これがいかに矛盾した主張であるかは一目瞭然なのだが、しかしこの市民団体はやはり裁判という無駄な挑戦に行動を移してしまったようだ。
そして今後も続けるらしい。
そもそも被害者はどちらであったか、そこから考えてみてほしい。
訴状によると、原告の老婦人お二方は、この恫喝行為が表現の自由を行使する市民の人権を侵害し名誉棄損にあたるとして、国と当時の司令に対し315万円の損害賠償と県内新聞広告での謝罪を求めているのだが、これには驚く。
あなた方は「表現の自由」の定義をよく理解していない。
表現の自由はある。
しかしそこにはいくつかの但し書きがあり、その中の1つとして、相手の人権を侵害するものであってはならないという条件が付いている。
そこまで理解してあなた方は「表現の自由」だと叫んでいるのか。
あなた方はこれまでの過度の抗議活動の中で、暴言、怒声、嫌がらせ、凶器レベルの言葉の暴力を散々に隊員達に投げつけ、人権を侵害し続けていた。
人権侵害は法的に罰せられる。
しかしそれを「表現の自由」だと唱え主張するのであれば、これは未来ある子供達の教育にも悪影響を及ぼす。
ますます学校でのいじめが拡大するのは目に見える。
そりゃそうだ、表現の自由だと主張して何を言っても良いならば、当然こういう結果に繋がることになるだろう。
原告側は「怒声を浴びせられた瞬間、私に身体反応が起こり、発声そのものを失ったのだと思う。私はあの時の怒声を暴力だったと考えている」などと述べたそうな。
えーっ!?そうなんですか!?と声をあげてビックリするほどの驚きだった。
では、新隊員達が防災訓練で35キロもの背嚢を背負い、夜通し歩き続け、気力体力の限界まで心身すり減らして臨んだ初めての行軍訓練のスタートからゴールまで、あなた方が浴びせ続けた怒声、罵声、数々の嫌がらせの言葉はこれは暴力とは言わないのか?
暴力でないならば、ではこれは何と言う?
我が子の初行軍を見守り応援に来ていた隊員の親御さん方にも心ない言葉を浴びせかけた。あなた方のその行為こそがまさに言葉の暴力というものなんだけれども、まさかそれには気付いていないとは言うまい。
一番困るのは、自分から先に手を出して売った喧嘩に、逆に正当に言い返されて怒られたからってそれを逆恨みし、何とか仕返ししてやろうと闇雲に暴れ出すということ。こんなのは我儘駄々っ子のすることで大人のすることではない。
人生経験も豊富な老婦人の方々が、手段を選ばず何がなんでもこの司令に謝らせようとムキになる姿は見ていて美しいものではない。
寂しく虚しく悲しい姿に映る。
それを周りで煽り、イケイケムードに推しやる周りもいけない。
裁判所での傍聴券の抽選の際も、裁判所内でのあの賑やかな光景はなんだ?
30席しかない傍聴席への抽選にピクニック気分で楽しそうに100名ほども押しかけ、当たった人は当たらなかった然るべく主要メンバーに当たり券を譲渡する。
なんとよくできた組織だこと。
「私達の中の約3人に1人は傍聴できるのだから安心ね」などというはしゃいだ声が聞こえる。
何が安心だ、おかげで私は見事に抽選に外れて傍聴ができなかった。
原告の当事者達も意地とプライドがあって、今更もう引くに引けないのかもしれないが、第三者の女性の目で見て感じることを書く。
違っていたら申し訳ないが、もし、そのあなた方が怒られた司令というのが、色黒で筋骨隆々ごっつい大男で、いかにもThe自衛隊、オーッス!アザーッス!という感じの豪快豪傑な司令だったなら、ひょっとしてあなた方はそこまで喧嘩を売らなかったのでは。
ところがこの司令は、色白の甘いマスクでスラッと背が高く、誰がどう見ても容姿端麗の美男子であった。
文句なしに格好良い。
普段から非常に物腰柔らかく、責任感が強く部下思い。
誰に対しても優しく、彼のことを悪く言う人は誰もいないという人格者であった。
そこでだ。あなた方はよりによってその人格者の彼を激怒させてしまった。
この誰からも好かれるイケメン司令に目と目を合わせて面と向かって怒られたこと、そして真っ当なことを言われたために言い返す術もなく引き下がらねばならなかったこと、これが悔しくそして恥ずかしく、今日まで執拗に彼をいじめ倒しているのでは?
原告側の述べた「怒声を浴びせられた瞬間、私に身体反応が起こり、発声そのものを失ったのだと思う」と言うのは、身体反応によって発声を失ったのではなく、自衛隊がその場で反論してくるわけはないとたかを括っていたところ、正当性を持って反撃されたので、しまった、怒らせてしまった・・・と言う後悔の念で言葉を失ったと思われるが違うか。
何が何でも謝らせたいというあなた方の異常な執念は、自身の羞恥を正当化したいために執着しているのでは。
そこで伺うが、あの時もし彼に優しく諭されていたらどうだったのか。
女性の目線、女性の感性で物事を見ると、あなた方の乙女心にそう言う希望が若干たりとも潜んでいたと推し測ってしまうのだ。
もっとも、優しくされたら優しくされたで、もっと言ったれ、もっと困らせたれ、もっと邪魔してやれ、もっといじってやれとなったかもしれないが。
裁判の資金がなくてカンパを募っていらっしゃるとのことだが、自己資金で賄えない裁判に手を出し、人のお金を使って勝てる見込みの少ない裁判に挑戦し、結果その援助してもらった資金は全部捨てることになる。
援助する人達もいい加減その結末を知るべきだと思うが、それでもずっと援助し続けるのか。
裁判所では原告当事者は至って元気で生き生きとしており、それを取り巻きが囲み、この一種独特な団体意識はどこから来るのか。
関係者の中には宗教関係者もいらっしゃるということだが、信者には隣人を愛せよと諭し、ご自分は人を叩き憎み倒す。これには理解に苦しむ。
しかし当事者は覚えておくことだ。
調子に乗って人権侵害を続けていたらいずれ罰せられる。
周りは当事者じゃないから無責任に応援する。
興味本意で便乗してくる自称支援者もいるだろうが、彼らは当事者じゃないからひとたび責任を課せられたり自分の身も危なくなれば逃げるのは目に見えている。
真の支援者、真の仲間というのは仲間の暴走が起きた時にはそれを諭し、止める勇気があるはずだ。
ここまで来てしまったおばあの暴走、おばあのご乱心、誰かが止めてやらなきゃ本人達は自分ではもう止まれないぞ。
こんなことまで書くと、恐ろしいことに私の方がよっぽどあなた方のことを思って危惧する真の支援者のような錯覚さえ覚えてしまう。
世界では軍の司令を本気で怒らせるような変な真似をする民間人はまずいない。
だから市民が司令に怒られたと言って裁判を起こすなんてことは起きない。
そもそも自分が変なことしたんだから、それが司令じゃなくたって怒られて当たり前であり、怒られたくないなら変なことはするべきではない。
世界各国の国防軍は国に忠誠を誓い、日々の厳しい訓練を怠らず、有事には命をかけて国を守り、よって国民には慕われ、敬われ、子供達の憧れの的である。
こんな当たり前の生活光景が世界では普通だ。
一方、全く同じことをやっているというのに自衛隊は虐げられる。これはおかしい。
自衛隊いらないって、じゃあこの国誰が守る?この島誰が守る?
村の自警団で事が収まる時代ではないのはお分かりのはずだ。
自然災害や有事の際に真っ先に駆けつけてくれるのは自衛隊員だ。
ドクターヘリのない離島では緊急医療搬送に出動してくれるのも自衛隊機だ。
いつ何が起きてもすぐに行動に移れるように、隊員達は常に過酷な訓練を積んでいる。
宮古島駐屯地の司令が指揮していた公道行軍訓練だってその1つであった。
いざ災害が起きて、島の道路が遮断され、何十キロも離れた孤立した被災地にいる宮古島の島民に徒歩で水や食料を届けなければならなくなった時、屈強な隊員とて日々の訓練を重ねていなかったらとてもじゃないけどできない。
新隊員にとってはその訓練の集大成だった長距離行軍の終盤に、あなた方は隊員の心身の限界を見計らい、近隣住民への騒音迷惑も顧みず、日の出と共に拡声器を握り締めて乱入したと言うことだ。
優しく語りかけようが大声で抗議しようが罪は同じ。
浅はかな考えだと実行する前にわからなかったのか。
あなた方は司令に怒られて当たり前のことをした。
実はすでに後悔をしているのではないかと推測もするが、終わったことを悔やんでも仕方がない。
であれば何をすべきか。
この意味のない裁判を続ける意義があるのかどうかをよく考え、あなた方のエネルギーのベクトルを裁判棄却の方向に向け変えることだ。
あなた方の抗議活動はもはや抗議活動ではない。
嫌がらせ行為であることを知るべきだ。
自衛隊への嫌がらせ行為を続けるのであれば、まずやって頂きたいことがある。
今後いかなる状況で何があっても自衛隊からの支援は一切受けず辞退します、自衛隊による緊急医療搬送を必要とした状況に陥っても自衛隊には一切お世話になりません、という文言に署名して防衛省に提出してほしいのだ。
それが道理であり順序というものだと思う。
それと伺いたいのは、この裁判であなた方が敗訴した場合は、県内新聞紙上に国と宮古島駐屯地の当時の司令に対する謝罪文をちゃんと掲載してくれるのだろうか。
一方だけに要求するというのは公平さに欠けることだ。
何事も公平であることが重要。


