#54 沖縄県知事選が示す安全保障の分水嶺 ――辺野古決着と保守県政奪還の戦略的意味 川上高司

沖縄県知事選が示す安全保障の分水嶺 ――辺野古決着と保守県政奪還の戦略的意味
日本外交政策学会理事長 川上高司

 9月13日に投開票された沖縄県知事選挙は、自民・公明・維新・国民民主・参政・日本保守党から幅広い推薦を受けた新人・古謝玄太氏(42)が、辺野古移設反対を掲げ続けてきた現職の玉城デニー氏に14万7千票という大差をつけて初当選を果たした。2014年以降続いてきた「辺野古移設反対」を掲げる知事の系譜は、ここで途切れた。自民党にとっては実に12年ぶりに沖縄県政を奪還したことになる。この結果は単なる地方選挙の勝敗にとどまらず、日本の安全保障戦略、そして日米同盟の実効性そのものに直結する意味を持つ。

 第一に指摘すべきは、普天間飛行場の辺野古移設という日米間の最重要懸案が、実質的に決着へ向かう政治的環境が整ったという点である。移設容認派の知事の誕生により、これまで県と国とが法廷闘争や設計変更承認をめぐり攻防を繰り返してきた膠着状態が解消に向かうであろう。
 日米とも普天間の危険性除去という懸案が前進することで、同盟の信頼性を強めることとなる。同盟の抑止力は、「能力」と「意志」に加え、約束を実行する「信頼性」により支えられる。

 第二に、この選挙結果は中国による対日「認知戦」「世論戦」の限界を露呈させた点で重要である。中国は沖縄をめぐる情報戦・世論工作を通じて、米軍基地への反発を梃子に日米同盟に楔を打ち込む戦略を長年展開してきた。今回、SNS上での誤情報拡散が指摘されながらも、有権者は基地問題単独ではなく、経済振興や生活実感、そして台湾海峡・南西諸島情勢の緊張の高まりという安全保障環境の現実を踏まえた選択を行った。DIME(外交・情報・軍事・経済)の枠組みで見れば、中国の「I(情報)」領域での対日工作が沖縄という最前線においてすら十分な効果を上げられなかったことは、日本側の情報レジリエンスの一定の強さを示すものであり、今後のインテリジェンス・情報戦対策にとっても示唆的である。

 第三に、南西諸島防衛という文脈における戦略的意味である。沖縄は台湾有事シナリオにおいて第一列島線の要となる地域であり、与那国・宮古・石垣における自衛隊配備強化、弾薬集積、シェルター整備など、南西シフトの実効性は沖縄県政の協力なくしては進まない。保守系知事の誕生は、自衛隊の抑止力整備、日米共同訓練の深化、有事における空港・港湾の特定重要拠点空港・港湾(特定利用空港・港湾)指定の推進などについて、国と沖縄県との協議のチャンネルが正常化することを意味する。これは台湾有事における拒否的抑止の実効性を高める基盤整備につながる。

 第四に、自民党推薦候補が勝利したことの全国政治的な意義である。高市早苗政権が発足して間もない時期に、これほど明確な形で保守陣営が地方の大型選挙で勝利したことは、政権基盤の安定と、対米・対中外交における「日本は約束を守れる国である」というシグナルを対外的に発信する効果を持つ。ワシントンから見れば、日本国内の政治的コンセンサスが安全保障政策の一貫性を担保するか否かは、日米同盟深化の前提条件である。政権交代のたびに沖縄基地政策が動揺するようでは、米側に「ジャパン・パッシング」、すなわち日本を交渉の当事者として重視しない機運を生みかねない。今回の結果は、そうしたリスクを後退させ、日本が戦略的自律性を持ちつつも同盟の信頼できるパートナーであり続けるという姿勢を内外に示した点で評価できる。

 むろん楽観は禁物である。玉城氏の得票も27万票を超えており、辺野古移設や基地負担をめぐる県民の複雑な感情が現れている。新知事には、安全保障上の要請と沖縄の生活・経済的利益とをいかに両立させるかという難題が残る。米軍再編と基地負担軽減の具体策、地域経済の自立的発展、そして南西諸島有事に備えた住民保護(シェルター整備を含む民間防護)の制度設計を同時並行で進める統治能力が問われることになる。
 G2時代と呼ばれる米中対立構造の中で、沖縄はインド太平洋の安全保障上の「要」となる。今回の知事選の結果は、日本が対中抑止と日米同盟強化の方向へ一歩を踏み出したことを意味する。政府・与党は、この民意を単なる政治的勝利として消費するのではなく、南西諸島防衛の抜本的強化と日米同盟の実質化に向けた具体的行動へと結びつける責任を負っている。

かわかみ・たかし 1955年熊本生まれ。元拓殖大学教授。現在、中央大学法学部講師、一般社団法人日本外交政策学会理事長、石破内閣で外交安全保障担当内閣官房参与を兼務。大阪大学国際公共政策博士、ジョージタウン大学留学、米フレッチャースクル研究所研究員、ランド研究所客員研究員を経て、中曽根世界平和研究所研究員、海部俊樹元総理の政策秘書、防衛省防衛研究所主任研究員、北陸大学教授から拓殖大学海外事情研究所所長を経て現職。その間、外務省の国際問題研究所客員研究員、神奈川県庁参与、参議院外交防衛委員会客員調査員、TBS News Bird特別キャスターを兼務。

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