#24 五味俊樹④

五味俊樹(東京国際大学特任教授)
 トランプ政権が発足して5ケ月になろうとしている。トランプ大統領による「自国本位」の帝王的振る舞いは衰えを知らず、世界の多くの国々(人々)を震撼させている。その主たる要因が、他国への相互関税/高関税政策およびグリーンランド・パナマ運河などの領有発言であることは言うまでもない。かりにそれらの政策がトランプ氏の強権によってまかり通れば、世界は1930年代のような「暗黒の時代」に戻りかねない。

 米国の作家、マーク・トウェインは、「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という名言を遺している。米国史を紐解くと、19世紀末から20世紀初頭にかけて、トランプ氏と類似した政策が二人の大統領によっておこなわれていた。すなわち、元祖「タリフ・マン(関税男)」のウィリアム・マッキンリー大統領と「棍棒外交」で有名なセオドア・ローズヴェルト大統領である。南北戦争以後の米国では、共和党が工業化政策を推進した。しかし、当時、競争力に優る英国の工業製品に勝ち目はなく、国内産業の保護・育成のために高関税政策が採用された。マッキンリーはその推進役を担い、下院議員として、平均関税率49.5%の「1890年関税法」(通称「マッキンリー関税」)の制定に心血を注いだ。その結果、米国は比較優位を獲得し、英国を抜いて世界第一位の経済大国へと成長した。マッキンリーは、その後、1897年に大統領に就任し、1898年の米西戦争で勝利すると、プエルトリコ・グアム・フィリピンの領有、同年ハワイの併合にも成功をおさめた。

 1901年、マッキンリーがアナキストによって暗殺されると、副大統領のT・ローズヴェルトが大統領に昇格した。T・ローズヴェルトは、「帝国主義者」を自認し、国力の増強に努めた。そして、帝国主義外交が主として中南米諸国において展開されていく。その際、ローズヴェルトは、1823年の「モンロー・ドクトリン」を盾に欧州勢力の西半球への介入には反対しつつも、同地域の秩序維持のために米国による積極介入と国際警察権の行使を正当化した。しかも、「大きな棍棒(big stick)」を携えて交渉に臨むのを外交の宗とした。1903年のパナマ運河建設の外交交渉はその典型的事例である。

 このようにして、20世紀初頭に米国は豊かで偉大な国に成長した。そのことにより、トランプ氏にとって、二人の大統領が「ロール・モデル」となったに相違ない。しかし、そこには重大な問題が潜んでいる。時計の針を1929年まで進めると、ウォール街の株価大暴落に端を発し、世界は大恐慌に突入した。米国連邦議会は1930年に関税率約40%の「スムート・ホーリー法」を制定し、国内の農業・工業の保護に努める。すると、他国は報復関税をもって対抗し、やがて、英・仏・米・独・日の各国は自給自足可能な排他的経済圏(ブロック経済体制)の構築へと向かった。このことが経済対立を激化させ、第二次世界大戦の遠因のひとつになったことは否定しえない。

 大戦が終わると、米国はこの苦い経験を歴史の教訓として、<自由貿易体制>と<力による領土変更の否認>を主な柱とする戦後国際秩序の構築を主導した。いまや、その国際秩序がトランプ氏の横暴によって、危殆に瀕している。国土面積が狭く、天然資源に乏しい日本にとって、<自由貿易体制>は生存のための必要不可欠な条件である。したがって、日本は、トランプ流のブラッフに屈することなく、軍事・経済の安全保障に留意しつつも、<自由貿易主義>の原理・原則を貫かねばならない。

ごみ・としき 1948年生まれ。1979年上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士課程退学。玉川大学助教授、米国ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員を経て、大東文化大学法学部教授。2019年退職後現職。主な著書に『増補 国際関係のコモン・センス』『現代アメリカ外交の転換過程』『新安全保障論の構図』『9・11以後のアメリカと世界』『アメリカがつくる国際秩序』等がある。

関連記事一覧