「アラフ遺跡」初の県指定受け報告 宮古郷土史研究会定例会 久貝さんが無土器期の生活像解説
宮古郷土史研究会の9月定例会が19日、市総合博物館で開かれた。シャコガイ製貝斧(カイフ)を主体とする無土器期(土器を持たない時代)遺跡として、「アラフ遺跡」が初の県史跡の文化財指定を受けたことを受け、市教育委員会文化財担当の久貝弥嗣さんが「宮古島市内の無土器」と題して報告。浦底遺跡や長間底遺跡など無土器遺跡が遠浅の海域が広がる東海岸線に分布していることなど、「アラフ遺跡は無土器期の中でも古い時期の遺跡の様相が学術的によって明らかにされてきたことは特筆すべき点である」と話し、当時の高度な暮らし、独自の祭祀儀礼などをわかりやすく解説した。
久貝さんは、アラフ遺跡の学術的価値と市内の無土器期文化の全体像を報告。宮古における無土器期文化が約2900~2800年前から約1300年前までの約1600年間に及ぶと説明。浦底遺跡や長間底遺跡など5カ所で発掘調査が行われており、その多くが北・東海岸の「コの字型」の海岸地形や、砂丘の背後に集中しているのが特徴だと説明した。
道路整備に伴い調査された浦底遺跡では、200点以上のシャコガイ製貝斧や加工途中の未製品が出土したという。世界的に見ても突出した出土数であり、同地が貝斧の一大生産拠点であったことを示しているとのこと。穴に敷き詰めた石の熱で葉に包んだ食材を蒸し焼きにする調理跡や、大量の貝塚のほか、八重山地方由来とされる磨製石斧なども確認されており、当時の豊かな生活や広域的な交流の様子が提示された。
浦底遺跡が工事によって現存しないのに対し、アラフ遺跡は学術調査として限られた範囲のみを採掘したため、当時の遺構や地層が良好な状態で現地に保存されていることが強み。アラフ遺跡の第7層は市内で最も古い文化層であり、18基の集石遺構やシャコガイ製貝斧が出土したことから無土器期の初期段階から高度な調理や道具製作の技術を持つ人々が定住していたことが裏付けられた。
また、第4層からは重要な発見として「貝斧枚納遺構」が確認された。丸ノミ型や平手斧(チョウナ)型など、用途の異なる4点のシャコガイ製貝斧と枝サンゴが植物製の円形の容器に納められた状態であり、意図的に埋められた状態で出土。船の完成祝いや航海安全を祈願する祭祀・儀礼が行われた可能性を示しており、特筆すべき価値を強調した。



