揺らぐ「法に基づく国際秩序」 五味俊樹(東京国際大学特任教授)

五味俊樹(東京国際大学特任教授)
2026年2月28日の米国・イスラエルによるイランへの攻撃とイランの反撃で始まった軍事衝突は、原油価格や他の諸物価の高騰を招き、世界中の人々の暮らしに多大な悪影響を及ぼしている。紛争は米国・イスラエル対イランの間にとどまらず、中東の周辺諸国および世界の主要国をも巻き込む様相を呈している。トランプ大統領は7月の建国250周年記念式典と11月の中間選挙を控え、短期決戦での勝利を目指しているが、ネタニヤフ首相は宿敵イランの現体制を倒すために戦闘を止めようとしない。一方、最高指導者ハメネイ師を殺害されたイランは、「イラン革命体制護持」のために徹底抗戦の構えであり、軍事力の格差を補うために「非対称戦」を展開し、消耗戦に持ち込もうとしている。それゆえ、現下の状況は、トランプ大統領の目論見どおりに進んでおらず、紛争の長期化が懸念される。
ところで、今回の米国・イスラエルの大規模な軍事攻撃は、「力による現状変更」がニューノーマルになりかねない重大な問題を孕んでいる。
第一に、トランプ大統領は軍事作戦の目的を「イラン政権の差し迫った脅威の排除」とし、脅威の中身は、核・ミサイル開発、テロ代理勢力への支援、独裁体制を挙げていた。しかし、それらが「差し迫った脅威」であったかは甚だ疑わしい。トランプ政権は二月下旬に中東海域へ海軍の艦船を派遣して軍事的圧力を加えつつ、イランとの核協議を進めていた。その意味ではむしろイラン側こそが「差し迫った脅威」に晒されていたと言えなくもない。したがって、米国政府が「差し迫った脅威」の明白な具体的証拠を示さないかぎり、イランへの攻撃は自衛行動に当たらず、国際法が禁じる「予防攻撃」と判断されても仕方ない。
第二に、トランプ大統領は「核兵器不拡散条約(NPT)」を念頭に、軍事攻撃がイランの核兵器開発阻止にあるとして、その正当性を強調した。NPTは、米・露・英・仏・中の5か国を「核兵器国」(1967年1月1日前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国)と定め、「核兵器国」以外への核拡散の防止を目的とする。イランは同条約の締約国であり、核兵器の保有は認められない。ただし、原子力の平和利用の権利は与えられている。一方、イスラエルはNPT非加盟を盾に約90発の核弾頭を保有する「枠外の特権」を享受している。米国はイスラエルの核兵器保有を黙認しつつ、イランには軍事力を用いて核兵器開発の断念を迫っている。こうした姿勢は公平性に欠け、二重基準(ダブルスタンダード)の誹りを免れない。
第三に、トランプ大統領とネタニヤフ首相はイランの体制転換を目指し、指導部の殺害を敢行した。他国による「斬首作戦」を無条件に容認すれば、「内政不干渉の原則」を踏みにじることになりかねない。その先にあるのは軍事力に物を言わせての大国の横暴であろう。
2026年1月、カナダのカーニー首相は「ダボス会議」において、トランプ大統領の高関税政策などにより「ルールに基づく国際秩序」が揺らいでいることを指摘し、国際法や自由貿易を重視する「中堅国(ミドル・パワー)の結束」を訴えた。いま求められるのは、多分に理想論ではあるものの、価値を共有する中堅国がカーニー氏の呼びかけを安全保障分野まで拡げて、紛争の早期停戦のために一致協力することであろう。


