在日コリアンが韓国で30勝の金字塔も球界追放、54歳で孤独な最期…元広島カープ・福士敬章の波乱の生涯を映画化
広島東洋カープの黄金期を支えた在日コリアンの投手、福士敬章(ふくし・ひろあき)の波乱に満ちた生涯を追ったドキュメンタリー映画「張明夫、玄界灘の落ち葉」(李泳坤監督)が完成、11月下旬の大阪韓国映画祭で上映される。
日本では、読売ジャイアンツ、南海ホークスを経て広島に移籍。1979年、1980年の日本シリーズ連覇に貢献。1980年には15勝を挙げ、セ・リーグ最高勝率のタイトルを獲得した。
気迫あふれる内角攻めと巧みな投球術でファンを魅了した名投手である。しかし、この映画がたどった韓国球界での常識外れの活躍と、その後の転落を知る人は多くない。
切手の裏に隠された「来るな」のシグナル 北朝鮮帰国事業で日本の家族に伝えた実状
弱小チームで年間60試合登板、36完投、30勝
1983年、韓国プロ野球の三美スーパースターズに移籍した張明夫(チャン・ミョンブ=福士の韓国名)を待っていたのは、過酷な登板の日々だった。
前年15勝65敗に終わったチームを立て直すため、年間100試合のうち60試合に登板。427回3分の1を投げ、36完投、30勝16敗6セーブという驚異的な成績を残した。30勝は、韓国プロ野球のシーズン最多勝記録である。
張の韓国でのあだなは「タヌキ(ノグリ)」。打者の心理をついた巧みな投球や、ふてぶてしい態度からつけられたものだ。当時の野球中継の貴重な映像も織り込まれており、張の投球ぶりを知ることができる。
常識外れの無理な投球は、球団社長が特別ボーナスを約束したからだったが、社長は「あれは冗談だった」と支払わず、翌年からは登板過多などが影響して成績不振に見舞われた。
広島時代からの同僚で、共に韓国へ渡った木山英求(韓国名・李英求)は、福士が金銭だけを目的に投げていたのではないと語る。韓国野球を強くしたいという「強い祖国愛があった」というのだ。
発足まもない韓国プロ野球に飛び込んだ在日の選手を追った著作「海峡を越えたホームラン」(双葉社)で知られる作家の関川夏央も登場し、日韓の文化的な摩擦や、海を渡った在日選手たちが直面した孤独を語っている。
兄の栄光、弟の苦悩、そして「落ち葉」
映画の核心を担うのが、実弟の松原龍夫(韓国名・張龍夫)の証言だ。龍夫はかつて裏社会に身を置いた過去があったが、説得を重ねた末、自らの人生と兄への思いを語ることを決断した。全編のナレーションを担当した。
在日コリアンとして生きるなかで経験した差別。野球の才能によって名声を得た兄と、異なる道を歩んだ弟の対照的な生き方を通して、時代の厳しさが浮かび上がってくる。
球団を渡り歩いた福士は、投資や保証人をめぐるトラブルに巻き込まれた。
1991年には薬物使用の容疑で逮捕され、韓国球界から永久追放処分を受けてしまう。その後は日本に戻り、和歌山県で麻雀店を営んだ。2005年4月、店内のソファーで死去しているのが発見された。54歳だった。
落ち葉は秋の風を恨まない
2つの国の間で栄光と転落を味わったが、友人たちは「人を恨むような言葉を聞いたことがなかった」と映画の中で語っている。麻雀店の壁には福士の心情を映すように「落ち葉は秋の風を恨まない」という文字が貼られていたという。
この作品は大学の卒業制作から発展したもので、多くの関係者のインタビューが土台となっている。完成までに7年の歳月がかかっている。李監督は、「主人公を英雄として美化するのではなく、欠点やもろさを含めたありのままの生涯を記録することを心がけた」と語った。

映画は11月22日、23日の両日、大阪韓国文化院ヌリホールで開催される第12回大阪韓国映画祭で上映される。入場無料だが、事前申し込みが必要。詳細は映画祭の公式ウェブサイトで確認できる。今後、日本の一般劇場でも公開される予定だ。
文/五味洋治 内外タイムス






