#58 原潜導入の「是非」を真剣に 日本大学特任教授 勝股秀通

原潜導入の「是非」を真剣に考える 日本大学特任教授 勝股秀通
「国家防衛戦略」など安全保障関連3文書の年内改定に向け、政府内では今、「原子力潜水艦(原潜)導入の是非について研究に着手する」との方針を明記する案が浮上している。原潜の導入を日本が検討する日が来ることになろうとは、との思いとともに、日本を取り巻く安全保障環境の悪化にがく然とならざるを得ない。
なぜなら、原潜は燃料補給なしの長期潜航と高速機動という圧倒的な水中能力を有し、搭載した核ミサイルを発射すれば、たった1隻で敵対する国家を破壊できる能力を持った戦略兵器というイメージが強かったからだ。事実、冷戦期の米海軍は海上自衛隊と連携し、オホーツク海から太平洋に進出する核ミサイルを積んだソ連の原潜を仕留めることを目的に訓練を続けていた。その甲斐もあって、ソ連崩壊後は米国一強の時代が続いていた。
しかし今、その前提が崩れ去ろうとしている。海軍力を増強する中国は、核ミサイルを積める原潜6隻に加え、攻撃型原潜とディーゼル動力の通常型潜水艦の3種を合わせ、約70隻に上る強大な潜水艦部隊を編成し、太平洋への進出を常態化させている。
昨年9月、長崎・佐世保で開かれた安全保障セミナーで、在日米軍の海軍大佐が、筆者に対し「水中を探知するセンサーが足りない」、「中国を何とかしなければ」と漏らしていたが、米海軍も中国の増大する水中脅威に強い危機感を持っていると言っていい。
かつては“雑音の塊”と揶揄された中国の潜水艦だが、海自の元幹部は「静粛性は格段と進化し、海自の哨戒機が投下するソノブイ(音響探知機)では探知できないケースも少なくない」と明かす。こうした事態を受け、現在の安保3文書では、海自の潜水艦部隊について「水中優勢を獲得・維持し得る態勢」が求められ、「垂直発射管(VLS)を搭載、スタンド・オフ・ミサイルを運用する潜水艦を開発する」ことが明記された。
だが、VLSを搭載すれば艦は大型化し、隠密性を高めるためにソナー(水中音波探知機)の能力向上は必須となる。と同時に、それらは電力消費を大幅に増やし、潜水艦の機動力を削ぐことにつながる。しかも最大の弱点は、潜水艦が反撃能力としてミサイルを発射した場合、発射音によって潜水艦にとって最も重要な隠密性が失われてしまうことだ。存在を暴露した潜水艦は、瞬時に魚雷などの攻撃を受け、速力の遅い通常型潜水艦は避けることができずに被弾し、海の藻屑となることだけは確実だ。
こうした厳しい現実を直視すれば、今の3文書を策定した4年前の時点で、原潜導入の是非について検討を始めておかなければならなかったはずだ。財源や人手不足など多くの課題に加え、原子力の平和利用との整合性も図らねばならないが、何よりも抑止力を高めるために何が必要なのか、危機を直視した具体的な検討を急ぐ必要がある。
かつまた・ひでみち 1958年千葉県生まれ、青山学院大学卒。1983年に読売新聞社入社。東京本社社会部で東京地検などを担当後、93年から防衛省・自衛隊を担当。99年には民間人として初めて防衛大学校総合安全保障研究科(1期生)を修了。その後、防衛問題の専門記者として解説部長兼論説委員、編集委員など歴任。2016年から日本大学に移り、24年から現職。著書は『検証 危機の25年』『自衛隊、動く』など。その他「国防の盲点」を『WEDGE』誌で46回連載するなどオンラインを含め論考を随時発表。



