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「自殺未遂」「金屏風会見」で何があったのか 中森明菜が家族と30年にわたり絶縁状態の背景

歌手の中森明菜が今年12月31日放送の「第77回NHK紅白歌合戦」への出場が注目される中、過去に交際した歌手の近藤真彦の出場も有力視され、ニアミスの可能性が取りざたされている。

中森明菜が30年ぶり「Mステ」に生出演、伝説的ディレクターからの発掘で一時代を築くも公の場から姿を消していた時期も

「東スポWeb」(東京スポーツ新聞社)は21日、「周囲が気を揉む近藤真彦との“ニアミス問題”」と題し報じた。また8日にも、「スポニチアネックス」(スポーツニッポン新聞社)で、近藤は同番組の出場歌手としてリストアップされていることが報じられていた。

今年、1981年の大ヒット曲「ギンギラギンにさりげなく」(現、ソニー・ミュージックレーベルズ)が韓国のSNSで大バズリした近藤。日本でも人気が再燃し、NHKをはじめとする歌番組への露出が目立った。

一方の中森は2022年8月、デビュー40年を迎えるにあたりXアカウントを開設。「ゆっくりになってしまうと思いますが、歩き出していきたい」と“復活”を宣言し、今年7月にはテレビ朝日系「ミュージックステーション 夏の2時間SP」で30年ぶりの生歌唱を披露。大きな話題を集めた。

かつて、2人は80年代を代表するアイドルであり、恋人同士だった。だが1989年7月、中森は近藤の自宅マンションで“自殺未遂”騒動を起こした。当時、帰宅した近藤に発見された中森は、病院に搬送されて一命を取り留めたが、中森とトップを競った歌手・松田聖子と近藤の“密会不倫”が引き金になったといわれた。

そして、同年の大みそかに中森は復帰会見を開き、会見の途中からは近藤も同席。また、2人の背後には“金屏風”が設置され、まるで婚約報告会見のような雰囲気だったが、近藤の態度はどこか他人行儀で、自身の今後の決意を表明すると、明確に中森との結婚を否定。これにより、2人は破局を迎える形となり、以後の中森の精神は崩壊していったといわれる。

さらに、極度の人間不信に陥ってしまった中森は家族が自分の資金を使い込んでいるのではないかという疑念を抱くようになり、1995年に自らの意思で中森家から籍を抜いたことがメディアで報じられた。

1995年6月、最愛の母が亡くなるも仕事で日本を離れていた中森は、告別式への参加は困難を極めた。だが、この件が家族との絶縁の契機になったと、後にメディアが報じ、2020年5月に元アイドルで妹の中森明穂さんが死去した際も葬儀には姿を見せなかったという。

そして昨年2月、中森と所属事務所の女性社長が「養子縁組」を結んでいたことを中森の実兄が「女性自身」(光文社)の取材で告白。同月に死去した中森の父は生前、この事実を知り、相当なショックを受けたという。

波乱に満ちた人生を歩んできた中森。デビュー45周年を目前に控え“次なる一歩”として紅白出場の可否は注目したいところだ。

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