【福田淳の対談闊歩】中川悠介(第1回)きゃりーぱみゅぱみゅからFRUITS ZIPPERまで 時代のKAWAII(かわいい)を生み出してきたプロデュース論
きゃりーぱみゅぱみゅ、新しい学校のリーダーズと新たなカリスマを生み出し、さらにアイドルプロジェクト「KAWAII LAB.」ではFRUITS ZIPPER、CUTIE STREET、CANDY TUNE、SWEET STEADYを世に送り出し、国内はもちろん、海外でもヒットを連発しているアソビシステム。来年20周年を迎える同社設立者の中川悠介氏にエンタメの先輩である福田淳客員編集長が、会社立ち上げの経緯から、戦略、プロデュース論、海外進出、そしてこれからのアソビシステムについて迫った。
福田 改めて対談っていうのも不思議な感じですね。中川さんとの最初の出会いは、もういつだか分からない。
中川 そうですね。かなり前のような気がします。
福田 アソビシステム(ASOBISYSTEM)ができて、もう何年ぐらいになりますか?
中川 今19年目ですね。来年が20周年です。
福田 ずっと原宿でやってこられた。何回も引っ越ししていません?
中川 原宿で4回目です。
福田 覚えているのは、昔、なんかすごく狭い…。
中川 そうですね。ワンルームにいました。初めはオフィスがなかったんですよ。自宅でやっていたんで。
福田 ワンルームを借りて何をやろうと?
中川 初めはイベントですね。ファッションショーとかクラブイベントをやろうとして、そこからスタートしました。
福田 ウラハラ(裏原宿)の増田セバスチャンさんのお店で、きゃりー(ぱみゅぱみゅ)ちゃんがポラロイド写真を撮ってくれるイベントをやっていたのを覚えています。
中川 お店のチャリティーですね。あのチャリティーのときにいろいろな方に来ていただいて、みなさんと知り合った感じですね。
福田 あれは2011年なんだ。でも、いろいろ苦しいこともありましたでしょ。
中川 そうですね。あのときは東日本大震災があって、その年の8月デビューだったので、大変でしたね。きゃりーがこの前デビュー15周年になりました。
福田 原宿にいる普通の子っていう感じでしたね。
中川 はい。チャリティーをやって原宿を応援しよう、みたいなところからスタートしたんです。
福田 いろいろプロデュースされる中で、どういう人を見たときに“ピン”とアンテナが立つのですか?
中川 僕は結構フワっとさせているというか。「絶対に売れる」はないじゃないですか。だから、売れるためにはもちろん頑張るんですけど、やっぱり一緒に頑張れる人かどうかっていうのは気にしますね。本当にその人自身がやりたい、売れたい気持ちをどれだけ持っているかは大事だと思っています。
マネージャーとタレント、両方の成長を見ていきたい

福田 でも不思議ですね。みんな芸能、エンタメを目指してきて、「やりたい」って言っていたのに、すぐにやる気をなくす人もいますよね。
中川 そうですよね。います、います。 そのあたりはやっぱり気になりますね。
福田 タレントさんには優しく愛情を持って接して、育てるほうですか?
中川 そうですね、やっぱりお互い人生を背負っているんで、ちゃんと向き合っています。やりたくないことも、やらなければならないこともあるから。そこにちゃんと向き合って、長いスパンで売れていくことは大切なことだと考えています。
福田 一言で向き合うとおっしゃるけど、めっちゃ大変じゃないですか?
中川 向き合い続けるっていうことは、こっちも大変ではありますね。
福田 だけど、どんどん会社が大きくなって、タレントさんも増えてきて、マネージャーをどのように育てているんですか?
中川 マネージャーにはプロデューサーであってほしいと思っています。決して付き人ではなくて、一緒にタレントとプロデュースし合っていける関係性であってほしい。マネージャーの成長、タレントの成長、両方を見ていきたいですね。
福田 全く同意見なんですけど、でも実際は無理ですよね。
中川 みんな得手不得手はあると思います。僕らの場合、レーベルの事業もやっているので、そこは(成長するために)すごくいい場所なのかなと。
福田 今はインディーズの時代でもあって、全部自前のレーベルでやっているところも多いです。もちろんメジャーレーベルを使っているところもありますが。ディストリビューション契約ではレーベルに何を求めますか?
中川 やっぱり、自分たちで考えるクリエイティブ力、宣伝力、売り出し方は求めたいですよね。
きゃりーのときはYouTube、プラットフォームの変化で出し方も変わる

福田 昔でいうテレビのブッキングは期待する部分じゃないですか。だけど、テレビの歌番組は減っていますね。
中川 テレビメディアは大事ですが、まずは楽曲とかクリエイティブなところがすごく重要だと思っていますね。
福田 ということは、自分たちがストリートで取ってくるもの以外で、音楽作りの足しになるような何かケミカルなものが必要だと?
中川 はい、作り方だとか。だからクリエイティブを生み出したいという人間と組んでいきたい。時代が変わってきて、僕たちはクリエイティブなものをソーシャルに伸ばしていって、火をつけて、テレビに出させてもらう感覚でいるので、今までとは順番が逆なんですね。
福田 ある程度のところまでは自前で育てて、そこから「いけるぞ」ってなったときに…。
中川 はい、メディアに出していくほうがファンは大きくなるし、熱量も高くなるんじゃないかなって。
福田 面白い。どんな苦労があって、その考えに至ったのですか。最近ですよね、紅白に出るようになったのも。
中川 そうですね。やっぱりソーシャルの可能性ですかね。きゃりーのときはYouTubeだったんですよ。中田(ヤスタカ)と組んで、増田(セバスチャン)と組んで、YouTubeでMV(ミュージックビデオ)を出して。それを世に出したことでさまざまな人に知ってもらえたんですね。
10年たって、ストリーミングとTikTok、Instagram、Xも出てきたことによって、スピードは上がったし、情報の拾い方も変わってきました。国境、言語を超えてプラットフォームが成長してきたので、そもそもやり方が変わってきたのかなって最近感じていますね。
クリエイティブチームが作ったものを僕がどう宣伝するか
福田 SNSからの導線はあるけれど、逆にいえばだれでもメディアを持つ時代にもなった。ほかの参入障壁も下がっているから競争は激化する。それでもなぜ勝っているのでしょう?
中川 勝っているわけじゃなくて、勝つための努力をしているのかもしれないですね。例えば、TikTokでバズりました。それがいい曲なのでストリーミングで回り始めます。そしてカラオケで歌ってもらえます。というように、ここまでをきちんと想定してセットで作ってきたという経験はありますね。
福田 戦術、導線をきちんと考えることですね。
中川 そうですね。ちゃんと良いと思える曲を作って、この部分はTikTokでとか、こっちはSNSでみたいなことを考えていきながら、みんなで組み立てる。だから、基本的にはいいものを作るという作業を変わらずにやってはいるのですが、広め方が変わってきていますね。自分たちでこすって、こすって、世の中に知ってもらう状態に仕上げた上でメディアに出すので、熱意の伝わり方は良くなっていると感じます。
福田 そのアーティストごとの設計っていうのは中川さん自身、結構関わります?
中川 みんなで話し合って作る感じですね。社員とアーティストが作るものを広めるのが僕の仕事で、作るのはみんなだと思っています。
福田 中川さんを見ていると営業力ある人だなっていう印象。クリエイティブや戦略もやって、どんな時間の使い方をしているんだろうと思って。
中川 クリエイティブはもうみんなに任せているんですね。チームがいいものを作ることは確信しているので、その出来上がったものをどう宣伝するか。僕はそれが大好きなんですよ。そこをいつも考えていますね。
【福田淳の対談闊歩】中川悠介(第2回)1年後にバズった「倍倍FIGHT!」 再度CANDY TUNEのMVを制作 に続く。6月24日18時公開

《プロフィール》
中川悠介(なかがわ・ゆうすけ)アソビシステム株式会社代表取締役。1981年東京生まれ。東洋大学経営学部卒業。大学時代に先輩とイベント運営会社を設立。イベント運営を経て、2007年アソビシステムを設立。原宿を拠点に地域と密着した独自のファッション・音楽・ライフスタイルを発信。2011年から自主イベント「HARAJUKU KAWAii!!」を全国各地で開催。きゃりーぱみゅぱみゅ、新しい学校のリーダーズを輩出、アイドルプロジェクト「KAWAII LAB.」のFRUITS ZIPPER、CUTIE STREET、CANDY TUNE、SWEET STEADYなど多数のアーティストやタレントをマネジメントする。


