#30 五味俊樹⑤

五味俊樹(東京国際大学特任教授)
 今年6月12日、イスラエルは、イランの主要な核関連施設、軍事施設、軍司令官、核科学者らを標的に大規模な攻撃をおこなった。同日、イランも、イスラエルにミサイル、ドローンを用いて反撃した。そして6月21日、トランプ政権はイスラエルの後ろ盾として、地下貫通型のバンカーバスター爆弾を使ってイラン国内3か所の核関連施設を空爆した。火力に劣るイランは6月24日、イスラエルとの停戦に応じた。トランプ大統領はバンカーバスター攻撃を、広島・長崎への原爆投下を引き合いに出し、イランに無条件降伏を迫るものだとして正当化した。

 ところで、私たちはイスラエルと米国による攻撃をどのように捉えたらよいのだろうか。たしかに、中東での大国同士の軍事衝突が長期化せずに「12日間戦争」(トランプ氏の言)でおさまったのは好ましいことである。しかし、そこには二つの原理的問題が潜んでおり、紛争の火種が解消されたわけではない。

 一つ目は、「核不拡散条約(NPT)体制」に関係する。周知のとおり、NPTは、国連の常任理事国でもある米国・ロシア・中国・英国・仏国には核兵器保有を認めつつも、それ以外の国には持たせない不平等条約である。にもかかわらず、多数の国々は核兵器の拡散を食い止めようと同条約に加盟している。

 イスラエルはNPTには加わらず、約90発の核弾頭を保有しているという(ストックホルム国際平和研究所[SIPRI]の分析)。一方、イランは加盟国ながら、核兵器開発の疑惑は絶えず、限りなく軍事転用可能なほどにウラン濃縮度を高めている。そうした状況の中でイスラエルと米国は、イランの核兵器保有を阻止しようと先制攻撃をおこなった。しかしながら、NTP体制を主導・推進する米国がイスラエルの核兵器保有を黙認しつつ、未だ核兵器を製造していないイランを一方的に軍事攻撃するのは道理に合わない二枚舌の行動と言わざるを得ない。

 二つ目は、「先制攻撃」(preemptive attack)に関する問題である。一般に自衛のための「先制攻撃」は国際法上、認められている。ただし、その要件は、「直ちに鎮圧を要する、差し迫った、特定の脅威が存在する場合」に限られている。ところが、これと似て非なるものに「予防攻撃」(preventive attack)があり、「将来、可能性のある、したがって、推定される脅威に対して、先に攻撃するもの」とされる。

 しかし、「予防攻撃」は、国際法上、認められていない。はたしてイスラエルと米国によるイラン核関連施設などへの攻撃は、「先制自衛」(preemptive defense)の要件を満たしていただろうか。イランが「シオニズム国家の殲滅」を唱え、核開発の可能性も辞さない姿勢は、イスラエルのみならず米国にとっても脅威であることは否定できない。しかし、それが「先制自衛」の要件に適った攻撃であったとは言い難い。米国にいたっては、まさに「予防攻撃」そのものであった。イランの屈辱や怨念は、決して消えることはなく、「終わりのない戦争」が今後もつづくことになろう。

  「予防攻撃」や「予防戦争」が原則として認められるとしたら、軍事大国は「自衛の名の下に」容易に戦争を起こす可能性が高まる。ブッシュ(Jr.)政権による2003年3月の「イラク戦争」はその典型的事例である。戦争の大義は、イラクの大量破壊兵器の除去にあったが、実際には保有されていなかった。すなわち、ブッシュ政権は誤った情報にもとづき、必ずしも差し迫った脅威のない「予防戦争」をおこなったのである。

ごみ・としき 1948年生まれ。1979年上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士課程退学。玉川大学助教授、米国ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員を経て、大東文化大学法学部教授。2019年退職後現職。主な著書に『増補 国際関係のコモン・センス』『現代アメリカ外交の転換過程』『新安全保障論の構図』『9・11以後のアメリカと世界』『アメリカがつくる国際秩序』等がある。

関連記事一覧