1年で16人が殉職 毎年自衛官が亡くなっている「平和」とは…公表に後ろ向きな防衛省の見解
「自衛隊員は国の宝」
小泉進次郎防衛相や歴代の防衛大臣などが隊員への訓示やSNSなどで繰り返し述べている言葉だ。
では、その「国の宝」が2025年9月1日から2026年8月31日までの1年間で、16人も失われたという事実について、認識している国民はどれだけいるのだろうか。
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もちろん、公務員は国家・国民のために奉仕すべき存在である。そのため公務員はそれぞれの職種に準じた義務「服務の宣誓」が定められている。自衛隊員の場合は、自衛隊法施行規則第39条がそれに当たる。
「事に臨んでは危険を顧みず、 身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」
この一文が、時に命を賭してまで国家・国民のために尽くさねばならない自衛官だけに課された究極の使命の根拠とされている。
殉職隊員は「公務災害」 認定する機関の陣容は防衛省の高官たち

10月17日の土曜日、東京・市ヶ谷の防衛省では10時から約1時間にわたって、その16人を追悼する式典が小泉大臣主催で催された。殉職隊員の遺族約110人と高市早苗首相や木原稔官房長官、石破茂前首相など歴代の防衛省の政務三役、事務次官、陸・海・空の各幕僚長経験者などが出席したほか、現役の副大臣、政務官、事務次官、各幕僚長などの高官と殉職隊員が所属していた部隊の部隊長など約270人が参列した。
そもそも殉職隊員とはどういう位置づけなのか。防衛省に問い合わせたところ、「職務遂行中又は職務に関連した事故等により死亡した場合に公務上の災害として認定された隊員を指す」と説明。具体的には「訓練中の事故、航空機や車両等による事故や職務に関連する疾病により死亡した場合も状況に応じて対象になる」と回答した。
職務に関連する疾病については、「長時間労働や過重な業務負担による心・脳血管疾患、精神疾患、職場環境に起因する健康被害などを指す」という。
公務員である自衛官が職務中や職務に関連した事故で死亡した場合、「公務災害」に該当する。つまり、今回殉職した16人の隊員は「公務災害認定」を防衛省から受けていることが前提となる。
では、死亡した隊員が「公務災害」に該当するか否かはどう判断され、誰が判断するのか。
この点について防衛省は「(隊員が)死亡したという事実のみをもって判断せず、公務中の死亡に当たるという相当な因果関係があることを検討した上で、関係法令等に基づき、認定権限を持つ防衛省内の実施機関で判断する」と答えた。
死亡した隊員が「公務災害」に当たるかどうかを、防衛省が判断することは果たして適切なのか。つまり、事故などで職務中に死亡した隊員がどのように亡くなり、どういった状況に置かれていたのかを調査する主体が、死亡した隊員の所属する組織であることで公平な視点は保たれるのだろうか。
「公務災害」かどうかを判断する「防衛省内の実施機関」について、防衛省は「防衛事務次官、陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長などを実施機関の長として指定している」と答え、これは「防衛省職員補償実施規則第3条」で定められているとした。
要は、死亡した隊員が「公務災害」に当たるかどうかは、防衛省の事務方トップと陸・海・空の3自衛隊のトップの合議によって決められるということだ。
この点について、防衛省側に労働法規の専門家などを交えた第三者委員会のような視点が必要なのではと尋ねたところ、「公務災害認定については、法令等に基づき、職務内容や災害発生状況等を調査した上で判断するものであり、必ずしも第三者による判断を要するものではありません」ときっぱり否定した。
また、仮に実施機関が行う判断に不服がある場合は、「防衛大臣に対して審査を申立てることができ、現行制度下で適正性および客観性を確保することが適切であると考えます」と答え、隊員の「公務災害」については、あくまで防衛省だけで事を収めたいという意図がありありと感じられる回答だった。
事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえなければならない自衛官が、仮に職務中に死亡した場合、亡くなった自衛官や遺族のためにも、死亡原因の徹底究明が大切なのは論を待たない。
隊員の死亡理由を多角的に検証し、その結果を機密事項以外、公に出せるものは全て出し切るぐらいの覚悟が監督官庁になければ、同じような事故はまた起き、亡くなられた自衛官や遺族は浮かばれない。
殉職隊員の個人情報の公表は公平なのか

今回殉職した16人について、防衛省に氏名や年齢、所属部隊、階級など個人情報の照会をした。あくまで遺族の意向があることは百も承知だが、16人の中には事故が発生した時点で、氏名・年齢・所属部隊名・階級が公表された隊員もいるため、公平性が保たれていないと考えたためだ。
公表されている隊員は4月21日に大分県の日出生台演習場で起きた戦車事故で亡くなった隊員3人だ。3人はいずれも同県の陸上自衛隊玖珠駐屯地の西部方面戦車隊に所属し、最新鋭の10式戦車に乗っていたところ、何らかの原因で中にあった砲弾が暴発した。
事故後、陸上幕僚監部広報室は3人の氏名・年齢・所属部隊・階級を公表した。以下の通りだ(ちなみに3人は「公務災害」によって殉職したことで、階級が一段階特別昇任されている)。
濱邊 健太郎 1等陸曹(45)
髙山 新吾2等陸曹(31)
金井 効三2等陸曹(30)
これ以外の13人について、防衛省側は内訳として陸自が3人を含め9人、海上自衛隊が5人、航空自衛隊が1人、機関が1人だと明らかにしている。さらに細かい内訳として、陸自は戦車事故の3人を除き、事故が1人、石綿(アスベスト)による殉職が1人、精神疾患による自殺が4人。
海自は石綿による殉職が1人、精神疾患による自殺が2人。空自は事故による殉職が1人。機関の1人は内部部局に所属し、事故による殉職だったことを明らかにしたが、これ以上の詳細については「御遺族の心情に配慮し、差し控える」とした。
「柱」表記の違和感 頑なな防衛省側の回答
ところで、防衛省は殉職した隊員を数える際、通常の「人」ではなく「柱」を使う。これについては私が以前、防衛省・自衛隊の専門紙「朝雲」にいたころから違和感を持っていた。
防衛省が公表する発表文でも、今回の殉職隊員は16柱(これまでの累計は2158柱)となっている。例えば、東京・九段にある靖国神社では明治維新から第二次世界大戦までに亡くなった246万6千余柱の御霊が祀られているとしており、特に「神道」においては神様を数える際に「柱」を用い、「人」よりも尊い存在であるとの考えから来るものだと言われている。
この点について、なぜ「柱」表記なのか、仮に「神道」に起因するものなら憲法上の「政教分離の原則」に違反するのではないかと防衛省に問うたところ、こう回答した。
「『柱』という表記については、古くから慣例として用いており、宗教的な意味で使用しているものではありません」
しかし、亡くなられた隊員や遺族が仮に「神道」信者でない場合、他宗教、もしくは何の宗教も信じていない場合、そういった配慮はなされているのか。
この質問にも防衛省の回答は一貫している。
「『柱』という表記については、宗教的な意味で使用しているものではありません」
遺族代表の言葉 我々国民が知るべき厳しい現実
10月17日の追悼式では御遺族代表のあいさつがある。今年は戦車事故で亡くなった隊員の妻が自衛隊最高指揮官の高市首相や小泉防衛相ら防衛省・自衛隊幹部らを前に、言葉を述べたという。
防衛省に、彼女がどんな言葉を会場で述べたかについて聞いた。
「突然の別れに対する深い悲しみや家族との思い出、自衛官として使命を全うした夫への誇りと遺族に寄り添う関係者への感謝を示した」という。
さらにこう続く。
「夫の思い出を胸に前を向いて歩んでいく決意を述べ、自衛隊員の無事の帰還を祈念するとともに、事故原因の究明と再発防止を求めた」と。
防衛省はこの追悼式の意義についてこう述べている。
「本追悼式は、殉職隊員の功績を顕彰するとともに、その御霊に深甚なる敬意と追悼の意を捧げるものです」
殉職した隊員の氏名・階級・殉職した年月日は長期間の保存に適した真鍮(しんちゅう)製の銘板に刻印され、歴代の殉職隊員と共に防衛省内の慰霊碑内にひっそりと奉納される。
平和を享受するこの国で、毎年何人の自衛官が命を落としているのか。我々一人ひとりがもっとこの厳しい現実について目を向ける必要がある。

文/寉見陽平 内外タイムス






