書類送検の「我が家」杉山 逮捕との違いは、書類だけなら軽いのか、前科は付くのか
お笑いトリオ「我が家」の杉山裕之が、東京都内のスーパーで食料品を万引きしたとして、窃盗の疑いで書類送検されたと14日、報じられた。
報道によると先月、セルフレジで商品7点(販売価格1189円)の代金を支払わず、店を出たところで従業員に声を掛けられたという。杉山は容疑を認めているとされ、所属事務所も同日、本人が事実関係を認めていることと、当面の謹慎を発表した。
一方、薬物事件のヤマトリノ被告や、傷害容疑の猪俣周杜氏については「逮捕」と報じられた。同じ刑事事件でも、なぜ身柄の扱いが違うのか。「書類送検なら軽い」「認めれば逮捕されない」と考えていいのだろうか。
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役割が違う逮捕と書類送検
逮捕は、犯罪の疑いがある人の身柄を拘束する手続だ。これに対して、送検は、警察が捜査した事件を検察官へ引き継ぐ手続で、法律上は「送致」という。
身柄を拘束せず、捜査記録や証拠を検察官へ送ることが、一般に「書類送検」と呼ばれる。「書類」という言葉が付いていても、単なる報告や注意ではなく、検察官による刑事処分の判断につながる手続である。
そして、逮捕と送検は二者択一ではない。警察に逮捕された後、身柄と事件記録が検察官に送られる場合もある。検察官は、送られた記録を確認し、必要な取調べや補充捜査を経て、起訴するか、不起訴にするかを判断する。
つまり、「逮捕か書類送検か」という見出しだけでは、事件の結論は分からない。まずは「身柄を拘束しているのか」と「事件がどの段階まで進んでいるのか」を分けて読む必要がある。
なぜ逮捕するのか――疑いの強さだけでは決まらない
犯罪を疑われた人が、全員逮捕されるわけではない。
通常、逮捕状による逮捕には、罪を犯したと疑う相当な理由が必要になる。さらに、身柄を拘束する必要性も問題になる。刑事訴訟規則143条の3は、年齢や境遇、犯罪の軽重や態様などに照らし、逃亡や証拠隠滅のおそれがないなど、明らかに逮捕の必要がない場合には、裁判官が逮捕状の請求を却下しなければならないと定めている。
実務では、証拠を隠滅しやすい罪状か、住所(賃貸か持ち家かなど)や身元が確認できるか、呼出しに応じる見込みがあるか、関係者に働きかける余地があるか、証拠が確保されているか、といった事情が判断に関わる。
犯罪の重大性や悪質性も考慮されるが、「重い事件だから必ず逮捕」「被害額が小さいから逮捕しない」と機械的に決まるものではない。検察庁も、身柄事件と在宅事件の判断では、犯罪の重大性・悪質性、逃亡や証拠隠滅のおそれなどを総合すると説明している。
逮捕は、反省を促すための罰ではない。処罰の要否が決まる前に身体の自由を制限する以上、その必要性が問われるのである。
ヤマトリノ被告や猪俣氏との違い
ヤマトリノ被告は薬物所持事件で逮捕され、その後、10月7日にはコカインやケタミンを使用した疑いで再逮捕されたと報じられている。猪俣氏は9月19日に傷害容疑で逮捕され、同月25日に処分保留で釈放され、在宅捜査に移ると報じられた。
一般論として、薬物事件は証拠の隠滅が容易であり、入手先や共犯者の隠匿も容易であることが重視される。また、傷害事件では被害者や目撃者への働きかけ(いわゆる口封じ)などが、証拠隠滅のおそれを検討する対象になる。ただし、事件の種類だけで逮捕の必要性が決まるわけではない。
今回の各事件で、捜査機関が具体的に何を重視したのかは、公表された報道だけでは分からない。「杉山は認めたから逮捕されず、ほかの人は否認したから逮捕された」などと断定することはできない。
また、猪俣氏のように、逮捕後に釈放され、捜査が続く場合もある。「釈放」は、その時点で身柄拘束を解いたという意味であり、「不起訴」や「無罪」と同じではない。身柄の扱いは、捜査の進展によって変わり得る。
容疑を認めれば逮捕されないのか
杉山が容疑を認めているとの報道から、「素直に認めれば逮捕されないのでは」と考える人もいるだろう。
確かに、供述が客観的な証拠と一致し、必要な証拠も確保され、呼出しへの対応も期待できるなら、身柄拘束の必要性を低く評価する事情になり得る。
しかし、自白があっても、共犯者との口裏合わせや証拠の処分、逃亡のおそれが残る場合はある。「認めれば逮捕しない」という制度ではない。実務上、不同意わいせつの事案で容疑を認めていても示談が成立するまで釈放がされない場合も散見される。
反対に、否認や黙秘をしているだけで、当然に逮捕してよいわけでもない。被疑者には供述を強要されない権利がある。認否とともに、どの証拠に、どのような働きかけができるのかなど、具体的な事情を検討する必要がある。こちらも実務上、痴漢の事案で、否認していても身柄が解放された例もある。
「認めた人は軽く、争った人は重く扱う」という理解では、捜査のための身柄拘束と、犯罪に対する処罰を混同してしまう。
書類送検でも起訴されるのか、前科はいつ付くのか
書類送検された事件でも、検察官が起訴する場合はある。身柄を拘束されないまま裁判を受けることもあり、在宅事件だから罰金だけで済む、実刑にはならない、ということでもない。
逆に、逮捕された事件でも不起訴になる場合がある。いわゆる、ドラマなどでいわれる「20日でパイ」というのは、このようなケースで用いる業界用語である。
不起訴には、嫌疑がない、証拠が不十分といった場合のほか、犯罪を立証できても、事情を考慮して起訴しない「起訴猶予」も含まれる。したがって、「不起訴」という結論だけから、理由を一つに決め付けることもできない。
逮捕や書類送検だけで、前科が付くわけでもない。一般に前科とは、有罪の裁判が確定した経歴を指す。公開の法廷を開かない略式手続であっても、罰金の略式命令が確定すれば前科になる。「裁判所に行っていないから前科はない」とは限らないのである。
杉山についても、本人や事務所が事実を認めていることと、検察官の処分や裁判所の判断が確定していることは区別しなければならない。
逮捕や書類送検の報道をきっかけに、本人への非難が一気に広がることもある。しかし、有罪が確定するまでは無罪と推定されるという原則は、捜査や裁判だけでなく、報道を受け止める私たちにとっても大切な視点だ。
事件への批判や関心が、事実が十分に明らかになる前から本人を有罪と決め付け、社会的な制裁を加えることにつながっていないか、立ち止まって考えたい。
文/松本理平 内外タイムス






