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変質する中国の面子社会(第1回)ステータスの象徴から無償譲渡すら拒否されるようになったピアノバブルの崩壊

この連載の読者は「中国は面子社会」ということをご存じの方も多いかもしれない。中国語には面子(メンツ)という言葉があり、これは立場や名誉、世間体といった意味を持っている。

日本人が中国社会を理解する際には、面子という概念を理解することが重要というのは、これまで一種の常識として機能してきた。たとえば消費においては、自分を誇示するために高級なブランドを選ぶ、より立派に見えるデザインの商品を選ぶといった具合だ。

しかし、以前に白酒の消費量が激減しているという記事で紹介したように、こうした表層的な自分を演出するという意味での面子文化は、現在、急速に消失しようとしている。

中国「白酒」バブルの崩壊(第1回)10年で生産量が74%も激減した理由

今回の連載では、若者を中心に急速に変化している中国の消費の実態を「面子」というキーワードでつないでいく。

4000万人が学んだ空前のピアノブーム

中国の経済成長時代、ピアノは中産階級におけるステータスの象徴だった。子どもに教養を身につけさせ、将来の可能性を引き寄せる教育投資として、国内のピアノ学習人口は一時期4000万人を突破した。全世界でピアノを習う子どもの8割を中国が占めるという熱狂的なブームが巻き起こったのだ。

この巨大な需要に支えられ、製造・販売・教育も含めたピアノ関連産業の規模は千億元規模に発展。国内のピアノ年間販売数は30万台を超え、同時期において、米国の10倍以上の市場規模を誇った。

しかし、絶頂期であった2020年前後を境に、この巨大なマーケットは急速に冷え込み、現在は歴史的な氷河期を迎えている。

タダでもいらない…ピアノ中古市場の崩壊

かつて高額で取引されていたピアノは、今や中産階級にとって厄介者と化している。中古取引プラットフォームを見れば、その暴落は一目瞭然だ。新品価格3万元(約70万円)のピアノが3000元(約7万円)に値下げされても買い手が現れず、投げ売り価格で放置されている。

個人で売れないピアノを買い取り業者に持ち込んでも、拒否されるケースが相次ぐ。運搬費や保管コストがかさむ割に需要がないため、エントリーモデルは無料譲渡であっても回収を拒否され、最終的に廃品回収業者に引き取られるか、街頭に不法投棄される事態すら生じている。

中古市場の冷え込みと並行して、新品の販売台数も激減した。2018年に35.6万台を記録した国内販売数は、2023年には12.8万台へと縮小、2024年には10万台のラインを割り込んだ。市場の崩壊は、関連業界全体に壊滅的な打撃を与えている。

ピアノ販売店7000店廃業の衝撃

この業界の落ち込みは、製造から教育現場に至るまで広範囲な影響を及ぼしている。製造拠点として知られる浙江省・湖州市では、工場の空き物件を告知する看板が立ち並ぶ。なかには木工技術を活かしてオーダーメード家具製造へと業種転換を図る企業も後を絶たない。

販売および教育現場の惨状も深刻だ。2024年だけで全国で7000店を超えるピアノ店舗が廃業に追い込まれた。

また、かつて時給数千元を誇ったピアノ講師の市場も供給過剰に陥った。教室の倒産が相次ぐ中、個人は生き残りをかけ9.9元(約250円)体験レッスンなどの価格破壊や、シニア向け講座への参入を模索する動きも広がっている。

ブーム終えんの真相は中産階級の現実主義

ピアノ市場の急落は構造的な変化に起因している。その理由の一つは受験制度の変更である。

1990年代末以降、中国の多くの地域で音楽などの資格が高校受験の加点対象とされていた。これが親たちの教育投資へのインセンティブとなっていたが、2018年以降、この加点措置は段階的廃止へと向かった。実利的なリターンが失われたことで、ピアノ熱は一気に冷めた。

もう一つの本質的な要因は、中産階級の消費観の変化だ。かつて子どもの見え・ステータスとして無条件にお金を投じていた親たちが、経済的な先行き不透明感の中で、こうした実利に直結しない消費を抑制するようになったのである。

これまでピアノ消費を突き動かしてきた価値観は、まさに他人に見せるための面子だった。そして中産階級は、見えや虚飾、不確実な将来に金を払うのをやめつつある。

次回からも、こうした面子文化の変容と消費の変化を紹介していく。

文/下川英馬 内外タイムス

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