北朝鮮「伝説の工作員」リ・ホナムの正体 北京を舞台に日本への接近を模索か、先端医療機器に関心
日本と北朝鮮の関係は長年にわたりこう着状態が続き、政府間対話も途絶えたままだ。しかし、水面下では、北朝鮮の対南工作機関・偵察総局に所属とされる高位工作員、リ・ホナム(李虎男、本名・リ・チョル)が、日本からの人道・経済支援の獲得に向けて動いているとの情報が浮上している。
リ・ホナムの名が知られるようになったのは、2018年公開の韓国映画「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」だ。韓国の情報機関・国家安全企画部(現・国家情報院)の工作員パク・チェソ、通称「黒金星」が1990年代に北朝鮮中枢へ潜入した実話を描いた作品だ。
劇中で黒金星が最も深い信頼関係を築く北朝鮮側のカウンターパートとして登場する人物は、リ・ホナムをモデルにした。2人は南北経済協力や広告事業を通じて交流を深め、その信頼関係を背景に黒金星は金正日総書記との面会を実現した。
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日本との深い関係 済州島から支援引き出す
リ・ホナムは金日成総合大学で資本主義経済学を学び、対外経済委員会などで勤務した北朝鮮屈指の「経済通」とされる。複数の偽名を使い分け、日本語にも堪能で、日本の携帯電話番号も使用しているとされる。
1990年代以降、中国・北京や中朝国境の丹東、東南アジアの都市を拠点に、韓国や日本の企業、実業家らとの投資交渉を数多く担当してきた。投資や人道支援などを通じて資金や技術を北朝鮮へ導く役割を担い、「経済工作」の中心人物として活動してきたとみられている。
韓国の下着メーカー「サンバンウル」が2019年、北朝鮮へ総額800万ドル(約10億8000万円)を不正送金したとされる事件でも、その名が浮上した。この送金は、当時の京畿道知事だった李在明氏(現大統領)の訪朝実現に向けた「謝礼」だった疑いが持たれ、韓国政界を揺るがす事件となった。
リ・ホナムの交渉力を示す最近の例が、韓国・済州特別自治道との秘密接触だった。今年2月、北京のケンピンスキーホテルで済州道の呉怜勲知事らと非公開で会談し、松枯れ病対策資材や人工透析装置、済州特産のかんきつ類の苗木などの支援を要請した。
交渉では「欧州駐在参事官」とだけ名乗り、自らの所属を明かさないまま、「協議内容が外部に漏れた場合、今後の交流は全面的に打ち切る」と秘密保持を強く求めたという。その後、一部報道でリ・ホナム本人であることが判明したが、済州道は、約1億6000万ウォン相当の支援物資を準備し、中国・大連経由で北朝鮮へ送った。韓国と北朝鮮の関係が敵対的になっていることも踏まえた判断だった。
次なるターゲットは日本か
筆者は最近、北京でリ・ホナムと接触したという関係者から証言を得た。それによると、リ・ホナムは日本との接触に強い関心を示し、特に先端医療機器の提供に期待を寄せた。日本人観光客の受け入れについても前向きな姿勢を見せていたという。
一方、日本で最大の関心事である拉致問題について尋ねると、「10年前に状況を聞いたことはあるが、それ以降は私にも分からない」と述べ、それ以上の説明は避けたという。
北朝鮮はロシアとの軍事協力によって一定の経済的余力を得たとされる一方、民生部門では依然として医療機器や農業資材などの不足が続いている。このため、海外から人道支援や経済協力を引き出すことが重要課題となっている可能性が高い。
映画にも描かれた「伝説の工作員」は、今なお最前線で動き続けている。日本政府としても、その動向を注視する必要があるだろう。
文/五味洋治 内外タイムス





