中国の中産階級破産7点セット(第6回)生存確認アプリ大流行の背景にある「健康の軽視」
今回のシリーズでは中国の流行語である「中産階級破産7点セット(中産破産七件套)」を基に、中国の中産階級が破産に至る7つのリスクを解説している。
前回の記事では盲目的な投資と、頻発する巨額デフォルト事件を紹介した。最終回となる今回は「健康の軽視」と「見えっ張りな消費」について解説する。
中国の中産階級破産7点セット(第5回)不動産バブル崩壊が向かわせる「盲目的な投資」
苛烈な職場と医療費が生む家計リスク
「健康の軽視」が挙げられる背景には内巻(意味のない苛烈な競争)が常態化する中国の職場環境がある。そこでは長時間労働、徹夜、過度なストレスが日常化しており、健康を著しく損なう。
また、日本と同じく中国では中高年になると重大疾病の発症率が急増する。しかし、公的医療保険の保障範囲には制限があり、高額な先端医療や薬剤の多くは自己負担となる。心臓病や悪性腫瘍などを発症すると、治療内容によっては十数万〜数十万元(数百万円〜1000万円)に及ぶ医療費が家計を直撃する。
住宅ローンや教育費で余裕を失っている中産階級は、一家の大黒柱が倒れた瞬間にばく大な治療費が発生し、主要な収入源を喪失する二重の打撃が発生する。これが「健康の軽視」が生む直接的な破産リスクである。
そして、過酷な労働環境と健康の軽視は更なる悲劇を生むこととなる。
2日連続で生存確認できなければメール通知
今年の年初、中国では「死了吗(死んだか?)」というアプリが話題となった。これは毎日ボタンを押して生存確認し、2日連続で押さないと、事前に設定した緊急連絡先に自動でメール通知が飛ぶ仕組みだ。
このアプリは2026年1月、中国Apple App Store有料ダウンロードランキングで1位となり、リリース24時間でダウンロード数が100倍に急増するという社会現象になった。
「孤独死」という言葉自体は日本から中国へ輸入された概念だが、すでに中国では深刻な社会問題として認識されている。不動産プラットフォーム「貝殻」がまとめた「中国独居報告」によると2024年、中国には1.23億人の独居人口がおり、そのうち20〜39歳が8300万人を占めている。これは若者の非婚化が進んでいることが背景だ。
そして「死了吗」のユーザーは主に大都市の若者である。彼らが抱える不安の一つが、死んでも誰にも気づかれないことだ。このアプリは独居青年の孤独死への恐怖を直撃し、爆発的な流行につながった。
過労で心肺停止もグループチャットで「仕事を手伝って」
また、過労死(猝死)も社会問題として広く認識・問題視されている。今年の初めには32歳のプログラマーが過労死した事件が話題となった。
この男性は亡くなる直前の1週間は連日、深夜23時前後まで勤務していた。そして亡くなる当日の朝、体調不良を感じながらも「病院にパソコンを持っていく」と妻に告げ、病院へ向かう最中にも会社のシステムにアクセスしていた。
そして容体が急変し、病院で救急蘇生が行われているあいだにも、彼のアカウントは業務プロジェクトのグループチャットに追加された。心肺停止状態の処置中にもグループでは「仕事を手伝って」とメンションされ続け、死後8時間が経過しても仕事を促すメッセージが届き続けた。
こうした悲惨な事件は幾度となく報じられるが、その救済の壁は厚い。なぜなら中国の現行法には「過労死」という概念を定義する規定が存在しない。
こうした状況もあって、企業が長時間労働を是正する環境が生まれにくいのが中国の現状である。
「見えの消費」と「健康の軽視」が織りなす悪循環
中産階級が健康を軽視する背景には、激しい階級維持のプレッシャーが存在する。中国社会に根強く残っていた面子文化と、SNSによる可視化された成功像は、高級車、タワーマンション、ブランド品、習い事といった「見える消費」への過剰な投資を促す。
その一方で、定期健診や十分な睡眠、適度な運動や保険といった「見えない健康投資」は後回しにされがちだ。見えを維持するため、中産階級は「朝9時から夜9時、週6日勤務」を指す「996」に代表される過酷な長時間労働に身を投じる。
「あと数年稼いだら休もう」という先延ばしの思考が常態化し、結果として心身の限界を超えた労働が健康という重要な資産を破壊するのだ。
中国における「中産階級の危機」
この連載でお伝えした「中産階級破産7点セット」を振り返ってみると、住宅、専業主婦、教育、起業、投資、そして健康と消費というリスクは、どれも一つだけなら珍しい問題ではない。
しかし、これら全ては経済成長をしていた頃なら中産階級の生活そのものだった。しかし、現在はこれらが家計を破壊するリスクになってしまう。
つまり、この「7点セット」が映し出しているのは、経済が停滞するなか、中産階級であるコストが限界まで高まっている中国社会の姿なのだ。
文/下川英馬 内外タイムス






