「やめなければ顔を公開する」は許されるのか コムドットの警告とまんだらけ騒動から考える自力救済
家族の写真を勝手に公開されたくない。盗まれた商品を返してほしい。そう求めることと、「応じなければ、あなたの顔を公開する」と圧力をかけることは、法律上、別の問題である。
YourTuberグループ「コムドット」のリーダー、やまと氏は18日、自身の親との撮影中に一般人から無断撮影されることが多いと訴え、撮影したとするカップルに対し、親の顔をSNSに投稿した場合には、相手の写真を全国に公開する旨の警告をしたと報じられた。
家族を守りたいという思いは理解できる。しかし、そのためなら、相手の顔をさらすと告げてもよいのだろうか。
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窃盗被害のまんだらけも「返さなければ顔を公開」と予告
似た問題が注目されたのが、2014年のまんだらけの対応だ。同社は、販売価格25万円の「鉄人28号」のブリキ人形が盗まれたとして、防犯カメラ画像を顔にモザイクをかけて公開。期限までに返却されなければ、モザイクを外すと予告した。その後、警察からの要請も受け、顔の全面公開を中止して捜査に委ねた。
今回の警告は、今後の投稿による被害の防止、まんだらけの予告は、既に生じた財産被害の回復を目的としている。この違いはあるものの、顔写真の公開を圧力として、相手の行動を変えようとしている点で共通する。
なお、まんだらけの事例は、公開予告の違法性を裁判所が判断した判例として紹介しているものではない。やまと氏についても、ここで確認できる報道は公開の予告であり、実際に相手の顔を公開したという前提ではない。
懲らしめるための“実力行使”は損害賠償になる可能性も
法律は、権利を侵害された人が、法的手続によらず実力で権利を実現する「自力救済」を原則として認めていない。自分が正しいと考える人同士が、それぞれの力で要求を通そうとすれば、争いが拡大し、力の強い側の判断が通る社会になってしまうからだ。
最高裁の1965年12月7日判決も、法定の手続では現状の維持が不可能、または著しく困難となる緊急の特別な事情がある場合に、必要な限度で例外的に許されるという考え方を示している。「裁判では時間がかかる」という事情だけで、制裁が自由に認められるわけではない。
もちろん、撮影や投稿の中止、商品の返還を直接求めることまで禁止されるものではない。問題は、その要求を通すために、相手の権利を侵害する手段を使ってよいかである。
相手に非があっても、肖像やプライバシーに関する利益がすべて失われるわけではない。顔写真の公開は、目的や必要性、公開方法、本人が受ける不利益などから適法性が判断される。相手を懲らしめるための公開は、損害賠償の対象になる可能性がある。
「窃盗犯」「盗撮犯」などと断定して写真を広めれば、名誉毀損も問題になる。無断撮影と犯罪の成立は同じではなく、相手の行為が事実であっても、さらす行為が当然に適法になるわけではない。
また、実際に公開しなくても、予告自体が問題になる場合がある。刑法222条の脅迫罪は、名誉などに害を加える旨を告げて脅迫する行為を対象とする。「犯罪者として顔をさらし、社会的信用を失わせる」という趣旨なら、その内容や前後の状況によって、同罪が問題となり得る。
脅迫によって義務のない行為をさせたり、権利行使を妨げたりすれば、同223条の強要罪も問題になる。ただし、公開予告が直ちに犯罪になるのではなく、具体的な告知内容や要求、経緯の検討が必要だ。
「法的措置を取る」と告知して実行しなかったら
では、SNSでよく見る「法的措置を取る」という告知は、どう違うのか。
顔写真を公開して社会的制裁を加えることと、裁判所や捜査機関に判断を求めることには違いがある。権利侵害に対し、削除や賠償を求め、必要なら提訴や告訴をすると伝えることは、通常、正当な権利行使の一環だ。
そして、告知しただけで必ず提訴・告訴する義務が生じるわけではない。投稿の削除や謝罪、示談によって解決することもあれば、証拠や費用を検討して見送る場合もある。進捗が公表されていないからといって、手続を取っていないとも限らない。
実行しなかったという結果だけで、最初から虚偽の脅しだったと決め付けることはできないのである。
ただし、「法的措置」と言えば、どのような要求や伝え方も許されるわけではない。根拠のない要求を通すために告訴を持ち出したり、適法な批判まで撤回させようとしたりすれば、その目的や内容、態様によって、脅迫・強要や民事上の違法性が問題になる余地がある。
例えば、「確実に逮捕される」と断言し、「応じなければ職場や家族にも疑惑を広める」と迫るなら、法的手続の予告だけでは説明できない。相手が怖いと感じたことだけで違法になるわけではないが、告知の名目だけで適法性が決まるものでもない。
さらに、「提訴する予定」と、「既に提訴した」との発表は区別が必要だ。実際には提訴も告訴もしていないのに、したと公表すれば、虚偽の事実によって相手の社会的評価を低下させるなど、別の権利侵害が問題になり得る。
被害防止の警告を「私刑」に変えないために
被害を受けた人に「法的手続を使えばよい」と言うだけでは、十分ではない。警察庁は、被害届の迅速・確実な受理や、告訴・告発への適切な対応を求めている。しかし、実務上は受理に消極的な対応が取られ、証拠収集や相手方の特定を事実上被害者側が担わざるを得ない場面もある。
民事手続にも時間と費用がかかる。その間に画像が転載され、被害が拡大することもある。「正規の手続では守ってもらえない」という不信が、自らの発信力で相手を動かそうとする行動の背景になることは、軽視できない。
もちろん、公的救済が十分に機能しないことから、他人をさらして制裁する権利が生まれるわけではない。しかし、私刑の広がりを防ぐには、被害者に自制を求めるだけでなく、適切な被害申告の受理と迅速な捜査、証拠保全への支援、投稿・拡散を早期に止める法的手段の整備と運用が必要である。
証拠として写真を保存して警察や弁護士に提供することと、不特定多数に公開することは、目的も影響も異なる。その区別を求める社会の側にも、被害者が危険な自力救済に頼らずに済む仕組みを整える責任がある。
撮影や投稿の状況を記録し、相手や運営会社に中止・削除を求める。緊急性が高ければ、裁判所への仮処分申立てなども検討する。被害防止に必要な対応を、具体的に組み合わせることが重要だ。
また、「法的措置を取る」と告知された側が、それだけで違法な行為をしたことになるわけでもない。提訴や告訴は、判断を求める手続であって、その結論ではない。
「自分や家族を守りたい」という目的の正当性と、「相手をどう扱ってよいか」という手段の適法性は別問題だ。警告の強さだけでなく、何を根拠に、誰に、どこまでの対応を求めるのか。その線引きが、被害防止と私刑を分ける。
文/松本理平 内外タイムス






