「日朝平壌宣言は白紙化」と北朝鮮側 過去清算で新条件の可能性 「日本が戦争国家化」の主張強める
横田めぐみさんが62歳の誕生日を迎えるなど、北朝鮮による拉致被害者とその家族の高齢化が進んでいるが、日朝交渉は停滞したままだ。時間だけが過ぎる中、実は日本政府が掲げる対話路線と、北朝鮮側の認識との間には、埋めがたい溝が広がっている。
高市早苗首相は2026年9月の第81回国連総会一般討論演説で、「日朝双方の未来のためにも、日朝平壌宣言に基づき、互いに実りある関係をつくるべく、私には対話し、具体的に行動する用意がある」と、日朝平壌宣言に言及して、対話を呼びかけた。
しかし、現実には平壌宣言を共通の出発点にすることは難しくなっている。日本政府も気がついているはずだ。その理由を説明しよう。
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2022年以降「平壌宣言」に触れず
2002年に合意した日朝平壌宣言は、拉致、核、ミサイル問題の包括的解決と国交正常化を目指すもので、歴代政権はこの方針を引き継いできた。
しかし、日朝外交の土台とされてきた平壌宣言について、北朝鮮側は「過去のもの」として扱い、公式の場でも触れなくなっている。
この問題について説明したのは、朝鮮大学校の李柄輝教授(朝鮮問題研究センター副センター長)だ。朝鮮現代史・朝鮮半島情勢の専門家として知られる李教授は、最近訪朝した結果を9月17日に東京都内で開かれた「日朝平壌宣言24周年集会」で報告した。この中で、「平壌宣言」についての北朝鮮の認識について語っている。
李教授は、日朝平壌宣言について「今後何があっても守るべき座標軸である」と前置きしたうえで、現実には2022年9月に日朝国交正常化交渉を担当してきた宋日昊大使が行った談話が決定的な転機となったと指摘した。
この談話は「日本側によって平壌宣言は白紙状態に戻された」と主張する内容で、それ以降、北朝鮮の公式報道や声明、金与正・朝鮮労働党副部長(当時)の談話からも「平壌宣言」という言葉が姿を消したと李教授は説明した。
2002年の平壌宣言では、双方は、国交正常化に伴う財産・請求権問題について、相互に請求権(財産の返還や損害の賠償などを求める権利)を放棄するという基本原則を確認した。これは1965年に日本と韓国が国交正常化を実現した時と共通する枠組みである。
北朝鮮側が当時、原則論を抑えて日本側の受け入れやすい方式に応じたというのが李教授の見方だ。
しかし、李教授は今後、北朝鮮が平壌宣言以前の強硬な原則論に立ち戻り、日本に対して植民地支配の不法性を改めて追及する可能性があると述べた。
国際社会で植民地支配の責任を問う議論が広がってきたことなどを背景に、従来の財産・請求権問題とは異なる形で、国家としての賠償責任を求めてくる可能性があるというのだ。
この点について、李教授が訪朝中に関係者に質問したが、「回答はなかった」といい、実際に北朝鮮がどのような法的根拠と名目で、どれほど要求するかは不透明だ。
そもそも、国家間の合意を一方的に棚上げするのは身勝手で、国際的な信頼を損なう行為である。
ただ、過去清算をめぐる北朝鮮の主張が強硬化すれば、拉致問題の交渉が複雑化し、難しくなるのは間違いない。
金総書記も「日本が戦争国家化」と批判
北朝鮮は近年、日本の防衛力強化や敵基地攻撃能力の保有、台湾有事を念頭に置いた発言などを取り上げ、日本が「戦争国家」へと変貌していると批判している。中国が展開する日本の「新型軍国主義」批判と歩調を合わせた動きだ。
金正恩総書記も6月、朝鮮労働党中央委員会の会議で、日本が「戦争国家へと変貌している」と名指しで非難している。
こうした主張には、自国の核・ミサイル開発を正当化し、平壌宣言を白紙化する口実にする狙いが潜んでいると筆者は判断している。
北朝鮮が平壌宣言に対する姿勢を変えたのは、国際環境も影響している。北朝鮮はロシアとの軍事協力を深め、中国との関係も重視しながら、外交上の選択肢を広げている。核保有国としての立場を既成事実化しようとする姿勢も強めている。日本との交渉を急ぐ理由は見つからない。
年末にかけて米朝首脳会談が再び実現すれば、拉致問題が取り上げられる可能性はある。
しかし、トランプ大統領にすがるだけでは、大きな進展は望めない。平壌宣言を交渉の基礎に据える日本と、それを「過去の文書」として扱う北朝鮮の認識の溝が深いからだ。
日本政府に必要なのは、「平壌宣言に基づく対話」という従来の方針をただ繰り返すだけでなく、北朝鮮が交渉の対象として何を拒み、何を受け入れるのかを見極め、具体的な行動を探る必要がある。
文/五味洋治 内外タイムス






