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60代女性被告の“肉声”は、なぜ残されていたのか 50代内縁の夫を包丁で一突き殺害 法廷で涙暮れ「私をだますつもり」【裁判傍聴記】

横浜地裁の法廷で、ある音声データが証拠として流された。

「どうしたらいいの~、ウー、ウー(泣き声)。こんなことして…ねえパパ~。パパ、パパ、パパ! パパ起きて、ねえ。パパ起きて~。私のカバンどこ? こんなにグチャグチャにしちゃって、なんでこんなことするの、ねえ。どうしよう、どうしてなのパパ。最初から私をだますつもりだったの、ひどいね…。私のカバンどこ? どうしたらいいの、ねえ。メチャメチャだよ~。触るな、触るなと言ったね…」

自宅で内縁の夫(当時58)を殺害したとして殺人罪に問われた女性E被告(67)の、犯行直後の肉声だ。泣き叫びパニックになりながら、倒れている夫に問いかけ続けている。

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粗暴な犯罪とは無縁に見える被告

なぜこの肉声が残っていたのか――。

今年9月の初公判。係官に連れられ、法廷に姿を現した瞬間からE被告は泣いていた。ハンカチを握りしめ、沈痛な表情で嗚咽(おえつ)を漏らした。裁判長が「大丈夫ですか、(手続きを)進めてもいいですか」と声を掛けるほどだった。

「とても大切な家族でした」。初公判の3日前に腰を痛め、車いすに乗って出廷したE被告。ため息をつくように声を絞り出して、「パパ」について語った。

離婚歴があり、一人娘と自身の母親の3人で暮らしていたE被告。約20年前に被害男性と知り合い、2011年ごろから同居するようになった。「母のことも、とても大切にしてくれていました」という。

若い頃はインテリアスタイリストやヘアメークの仕事を手掛け、その後は生花店を営み「娘を一人で育て、商売で苦労してきた、しっかりした人」(友人証言)。長女も「思いやりがあって、まじめ」と人柄を語る。法廷での言動からも粗暴な犯罪とは全く縁がなさそうに見えるE被告は、なぜ夫を刺してしまったのか。

被告のあいまいな証言の数々…

事件は24年11月の深夜に起きた。娘は既に独立して海外で暮らし、母親は入院していたため、当時は会社員の夫と2人で生活していた。

検察側は、事件発生直後の自宅内の写真を証拠資料として示した。まるでゴミ屋敷のように物が散乱。机や棚、テレビもなぎ倒されていた。

「主人は暴れて、物を投げて、なぎ倒して、ふすまを切り裂いて、どんどんエスカレートしていって…怖かったです」

E被告が言っていた「グチャグチャにしちゃって」とは、この惨状のことだった。

夫にしがみつき、「触るな」と振り払われたことを覚えている。「こんな家は出ていく。もう戻らない」と言われたことも覚えている。

弁護人「その後、どうしました?」

E被告「…包丁を…取りました。怖くて、包丁を前に出しました」

では、「私をだますつもりだったの」とは、どういう意味だったのか。

酩酊状態の中での犯行と身勝手な思い込み

事件当日。E被告は昼過ぎから女性の旧友と久々に外食し、お酒を飲みながら近況報告し合った。13時半ごろから1軒目でビールを飲み、2軒目では15時半ごろから赤ワインの500ミリリットル入りデカンタを2人で4本空け、おしゃべりに花が咲いて「ずっと楽しく、ワチャワチャ、キャッキャという感じ」(旧友証言)で閉店の21時半まで過ごした。

食事の途中に、E被告は電話で夫に「今日は帰りが遅くなる」旨を連絡している。

かなり酔った状態で店を出て、自転車を押しながら旧友と一緒に自宅方面へ戻った。途中で旧友と別れた後、夫の携帯に電話をかけたが、応答はなかった。

家に戻った。夫はおらず、再度携帯に電話したが出なかった。夫がしばしば友人のNさんと一緒に飲みに行っているという居酒屋にいるのではと思い、店に電話をしたが、夫は来ていないという。

電話を切った後、E被告は再度この居酒屋に電話をかけた。すると店主は「(夫は)ここ数年、店には来ていない」と話した。E被告は「Nさんは知っていますか」とたずねた。店主は「知らない」と答えた。

「ショックでした。うそをついていたんだ、と。裏切られた気持ちになりました」

E被告は自身の日記に、事件の1、2年前の22~23年ごろに夫の浮気を強く疑っている心情をつづっていた。心のどこかに引っ掛かりがあったのだろうか。深夜0時ごろに帰宅した夫に、なぜうそをついていたのか追及したようだ。これに夫は激高し、土足で家に上がって暴れだし、家じゅうを「グチャグチャ」にした。

「とにかく、夫の行動を止めたかったんです」

ただ、かなり酒に酔っていたせいか、E被告の事件前後の記憶はあいまいなところが多い。帰宅した夫を「追及」したことも、実は記憶にない。居酒屋との電話を終えて気付いたら「夫が玄関に立っていて、怖い雰囲気だった」というのがE被告の証言だ。

携帯電話の記録上は、帰宅途中にE被告は夫にかなり多数回電話していた。が、本人が覚えているのは2回だけ。しかも自宅に戻る直前、マンション入り口付近で他の住人につかみかかり、別の住人に仲裁されるというトラブルを起こしていた。この様子は防犯カメラではっきりと記録されていたが、これも全く記憶に残っていなかった。

そして、夫を包丁で刺した際の詳しい状況も、覚えていなかった。

一方的な供述、犯行に裁判長「悪質で正当化できず、結果は重大」

夫の遺体には、防御創がなかった。刺された際に自分の身を守ろうとしてできる傷がないということは、ほぼ無抵抗の状態でいきなり刺された可能性が極めて高いことを示す。傷は胸のほぼ真ん中に1カ所だけ。肋骨が2本切断され、心臓を貫通していた。かなり強い力で“一突き”され、程なく死に至ったとみられる。

「包丁を前に出したことしか、覚えていないんです」

夫を刺したE被告は、メチャクチャになった家の中で自身の携帯電話を必死に探した。その中で夫の携帯を見つけ、一度手に取り、自分のものではないと分かって元あった場所に置いた。その際に偶然、動画撮影のボタンを押していたようだ。

E被告の声を録音していたのは、夫の携帯だった。その携帯は、家の天井ばかりを映していた。

自身の携帯を見つけたE被告は、海外の娘に連絡。娘に促されて、警察に通報した。

「できれば、主人とずっと一緒にいたかった。主人を一生懸命供養しながら、生きていきたいと思っております」

横浜地裁はE被告に懲役12年の判決を言い渡した。裁判長は「被害者の正面から心臓付近を強く一突きしており、犯行態様は悪質なもので一人の尊い命が奪われた結果は重大だ。被害者が直前に暴れていたことを踏まえても、犯行を正当化することはできない」と断じた。

判決公判には車いすを使わず、自力で歩いて臨んだE被告は深々と頭を下げた。

文/篠田哉 内外タイムス

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