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麻生太郎氏への抗議デモにうんざり…「富人」への攻撃より建設的な議論を

福岡県の筑豊(同県中部)で20日、「#麻生太郎いいかげんにしろスタンディング」という抗議行動が行われた。参加者は地元選出の衆議院議員で元首相の麻生太郎氏を罵倒し、悪口を書いた旗を立て、炭鉱の光景を歌った「炭坑節」をがなりたてていた。

それを受けて私がX(旧Twitter)に書き込んだ投稿がバズった。「炭鉱夫の生活を守ろうとしたんですよ。(略)炭坑節を歌う資格のあるのは麻生さんです」と批判したところ、閲覧数が89万回に伸びた。挑発的な言葉を使ったことは恥ずかしいと反省しているが、改めて真意を書き留めておきたい。

地元・福岡で「反麻生デモ」が勃発、横浜や大分でも連帯行動 メディアが報じない現場

逃げずに雇用と地域を守った麻生氏

麻生氏は20世紀初頭に先祖が石炭業で財をなした。彼の母親は元首相吉田茂の娘で、そこから明治の元勲大久保利通に血筋がつながる。

そして麻生セメントの社長から衆議院議員、首相になった。金持ちは反感を抱かれるものだ。そして妹が皇族(寛仁親王妃)なのに、皇室典範の改正で強く意見を言った。そこでさらに反感を買ってしまった。麻生さんの行動は配慮を欠いているし、85歳になって権力を振るうことも問題だ。

ただし異常な抗議に「ちょっと待て」と思った。私はエネルギー記者として筑豊、そして石炭の歴史を取材した。1960年代を最後に石炭産業が急に衰退すると、三井、三菱の財閥は筑豊から撤退し、炭鉱主の多くは会社をたたんで福岡や東京に財産を持って移り住んだ。ところが麻生家は会社と共に筑豊に残り、麻生さんはビジネスで頑張った。

麻生氏はセメント業、病院経営、小売業への業態転換を指揮し、なんとか会社を生き残らせ、雇用と地域を守った。地元では人気で衆議院議員に当選し続けるのも、家が金持ちのままなのも、その努力の結果なのだ。「麻生しか筑豊に大きな企業がなく、うちがつぶれたら地域がつぶれると危機感を持って過ごしてきた」と、首相時代の「太郎チャンネル」で語っていた。

そうした麻生氏の努力を知らず、地元で騒ぐ人たちに不快感を持った。私の投稿には、共感がほとんどだった。声の大きな批判者が目立つ。しかし、まともな人は問題をしっかり見て、業績を上げた人を評価している。

鴎外「我をして九州の富人たらしめば」

令和の抗議者と違い、筑豊の金持ちに建設的な意見を言った人がいた。明治の文豪・森鴎外(1862-1922)だ。

彼は本職が陸軍軍医で、福岡の小倉に陸軍第12師団軍医部長として40歳前後の1899年から1902年まで3年暮らした。この異動を自分で「左遷」と嘆きながら、彼は九州の歴史調査やフランス語の勉強など建設的に余暇を使い、その後の自分の創作活動を豊かにする。

そこで鴎外は1899年(明治32年)9月、福岡日日新聞(現西日本新聞)に「我をして九州の富人たらしめば」(私が九州の金持ちならば)という寄稿をした。

当時、筑豊で石炭産業が急成長し、「成金」だらけだった。宴席で派手に騒ぐなど、はしたない行為があり、社会も鴎外も不快感を持っていた。鴎外は九州の金持ち(富人)が、学校を作り、学問・芸術の振興など多くの人々の幸せのために富を使ってほしい、私ならそうすると呼びかけた。

やや説教くさい、エリート臭がある文章だ。鴎外の行動や文章にはその傾向があり、だから左遷されたのかもしれない。けれども九州には学校設立などの動きが元々あり、この記事は福岡の人々の間で反響があり、それを加速させた。

炭鉱主の安川敬一郎と地元財界は1909年、明治専門学校(現九州工業大)を開校した。安川は産業機械大手の安川電機の創業者でもある。九州の企業が大学支援に熱心な動きは今も続く。台湾のTSMCや日本企業が、九州に半導体の工場を作る理由は、ここに技術者が多いことが一因だ。麻生グループも学校経営をしている。

麻生家は、地域と社会のために富を使い、それを増やした。こうした例は、数は少ないものの、日本の各地方にある。そうした富人が明治から日本に貢献してきた。

誰でも「富人」になる時代、何をするべきか

時代は変わり、資本主義も、企業の姿も進化した。富は炭鉱主など一部の人に独占されるものではなくなった。私たちは、株式を購入して会社の所有者にもなれる。働きながら、副業、起業を奨励する動きがあり、社長になることも比較的簡単になった。

また社会の考えも変わり、もうけること、消費することを批判されなくなった。富の扱い方は、鴎外の言う「富人」だけではなく、私たち一般人も考えるべき話になった。

九州で見られた3方向の富の扱い方がある。自ら富を有効に活用する。人のために使い、そのもうけの中から自分も一定割合をもらう、麻生さんや九州の富人たちの道がある。建設的に使い方を提案する、富の流れづくりを支援する森鴎外の道がある。

鴎外は一般人にありがちな富を持つ人への反感を自制したのだろう。これらの富の扱い方は長い目で見ると、自分にも他人にも幸せをもたらす。

しかし、富や人の成功を妬み、攻撃する人たちがいる。前述の嫌がらせデモをした人々はその一部であろう。この最後の道を進み、短期的な視野で人を責める快感を求める人が、残念ながら今の日本で増えている印象だ。そうした向き合い方が今の日本と経済を停滞させているように思える。前者の人々の行動が後者の人を導き、行動を変えることになればいいのだが。

文/石井孝明 内外タイムス

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