レッドカード取り消しが呼んだ波紋の数々 アメリカへの配慮は2038年「64カ国開催」への布石か
例になく政治色の濃い大会になってしまったと言えるだろう。
現在開催中のFIFAワールドカップ2026(W杯)北中米大会で、世界中の話題をさらったのが、アメリカ代表FWフォラリン・バログンの「レッドカード取り消し問題」だ。決勝トーナメント1回戦、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦で一発退場となった同選手だが、試合後、出場停止処分には1年間の執行猶予が与えられた。
レッドカード処分選手が出場の米国、ベルギーに敗退 本人も「判定が変わるのは物議を醸す」と困惑気味
この「開催国びいき」とも受け取れる異例の裁定を下したのは国際サッカー連盟(FIFA)だ。その裏には、開催国アメリカのドナルド・トランプ大統領の介入があった。トランプ大統領は「あれはファウルだとは思わなかったので、見直しを求めた」と、FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長へ直接電話したことまで認めている。
このような前例が生まれれば当然、ただでは済まない。現在勝ち残っているフランス代表やイングランド代表は、自国選手への同様の措置を求めてFIFAへ要請。さらに、アルゼンチンに逆転負けを喫したエジプト代表は、「リオネル・メッシを優勝争いに残すため」の政治的かつ不当な判定があったとして、FIFAへ正式に申し立てを行う事態にまで発展した。
ここまで物議を醸してなお、FIFAが開催国への配慮とも受け取れる対応を続ける背景には、近い将来に控えるさらなる大会改革が現実味を帯びていることも関係しているのかもしれない。
決定時からひずみを抱えていた48カ国開催
そもそも今大会は、出場国数を大幅に拡大した初めてのワールドカップだった。2022年カタール大会までは出場32カ国で行われていたが、今大会から48カ国に増加。4チームずつ12組に分かれてグループステージを戦い、各組上位2カ国に加え、3位チームのうち成績上位8カ国が決勝トーナメントへ進出するという、これまでにないフォーマットが採用された。
出場国が増えれば、その分試合数も増える。前回大会までは優勝チームでも7試合だったが、今大会では決勝トーナメントがベスト32から始まるため、優勝までに8試合を戦わなければならない。世界一を目指すチームほど選手のコンディション管理は難しくなり、「選手ファースト」とは言い難い大会となった。
48カ国開催を発表した際、インファンティーノ会長は「サッカーは世界的なスポーツであり、より多くの国に夢を見る機会を与えるためだ」と説明した。しかし、その実態は、試合数増加によるチケット収入や放映権収入の拡大を狙った収益重視の改革だったとの見方が根強い。例えば、アジアの出場枠が4.5から8.5へ拡大された際には、「中国や中東諸国など、巨大市場を持つ国々をワールドカップへ呼び込みたいがための愚策」と揶揄(やゆ)する声も上がっていた。
もっとも大会が始まれば、世界各国から集まった選手たちによる真剣勝負は、改めてサッカーという競技の魅力を世界に示した。しかし、今回の露骨な政治介入と、それを受け入れたFIFAの姿勢は、大会そのものの公平性に疑問を抱かせ、多くの反発を招く結果となってしまった。
「64カ国構想」がある限りアメリカは最重要パートナー
そうまでしてFIFAがアメリカへ配慮する背景には、将来的な「64カ国開催構想」があるとみられる。
この構想は当初、モロッコ、ポルトガル、スペインの3カ国共催となる2030年大会で浮上したものだった。1930年の第1回大会から100周年を迎える記念大会であり、ウルグアイ、アルゼンチン、パラグアイでも一部試合が開催される特別な大会だ。そこで「一度限りの特別措置」として出場国を64カ国まで拡大し、史上最大規模のワールドカップを実現しようという案が持ち上がった。
しかし、出場国がさらに増えれば、過密日程は一層深刻化する。試合会場や交通インフラの整備など課題も山積しており、「世界最高峰の大会」というブランド価値そのものが薄れてしまうとの懸念も根強い。
それでも、FIFAにとって出場国の増加は、そのまま試合数の増加、そしてチケット収入や放映権収入の拡大につながる。当初は突飛なアイデアとも受け止められていた64カ国構想だが、FIFAは現在に至るまで正式に否定していない。その構想が水面下で生き続けている可能性は十分にある。
そんな中、イギリスメディア「BBC」は、2038年大会の開催地としてアメリカが名乗りを上げる可能性を報じた。さらに、アメリカのW杯対策本部事務局長を務めるアンドリュー・ジュリアーニ氏も、「アメリカであれば64カ国開催にも対応できる」と自信を示しているという。
実際、スポーツ大国アメリカには世界屈指のスタジアム網があり、その規模も数も申し分ない。初の48カ国開催となった今大会も、大きな混乱なく大会運営が進み、過去最多規模の観客動員を実現している。64カ国開催という前例のない大会を実現する上で、アメリカほど条件の整った開催国はそう多くない。
だからこそ、FIFAにとってアメリカは単なる開催国ではなく、将来構想を実現するための最重要パートナーと言える。もし本当に64カ国開催を見据えているのであれば、開催国との良好な関係を維持したいという思惑が働くこと自体は理解できなくもない。しかし、そのために競技の公平性や大会の信頼性が揺らぐようなことがあれば、本末転倒だ。
バログンのレッドカード取り消し騒動は、一選手をめぐる判定問題にとどまらない。FIFAが描く「64カ国開催」という未来と、そのために払おうとしている代償を、世界へ突きつけた出来事だったのかもしれない。






