#32 徳地秀士「米国の留守を預かる」

米国の留守を預かる 平和・安全保障研究所理事長 徳地秀士
 私たちは日本にいて自由と民主主義を日々享受している。人は誰も拘束されたり不平等に扱われたいとは思わない。誰もが自分の意見を聞いてほしいと願う。自由と民主主義は人間の本性にかなう政治原則なのだろう。

 しかし、人間の歴史上こうしたことは自明の理ではなかった。上から押しつけられた秩序の中で長い間生きてきた人々は、それが自然の摂理であると教えられてきた。しかし、やがて自然界の仕組みと人間社会の仕組みは異なるものであることが分かるようになる。すると、実は人間社会の仕組みは人工的なものでしかなく、変えることができるものであるというこという認識が広まり、世界中で体制の変革が起きた。

 ただし、自由で民主的な制度が人の本性にかなうとしても、人がつくる仕組みだから一定の条件が整わないと実現しないし、一度つくっても壊すのは簡単である。憲法上明記され制度が整った国の民主主義でさえそうだから、自由で民主的な国際秩序は尚更である。とりわけ大国が自由で民主的な体制を放棄しようとすれば、それは国際秩序にも影響を及ぼす。国民の人権を無視する指導者が国際社会で人権や他国の権利を擁護することはない。ロシアや中国をみれば明らかだろう。

 今日の世界はより深刻な状況に置かれている。科学の発達により自然界の仕組みが解明されるにつれ、人類は意識的・無意識的に自然を改変しようとしてきた。その結果、人類は気候変動という形で自然界から逆襲されている。

 自然界も人間社会も元に戻せるかもしれないが、それは壊すよりもはるかに困難である。いずれ米国に国際主義的な政権が復活してもそれだけで世界は元には戻らないかもしれない。また、国際秩序崩壊の原因は米国だけではない。権威主義的な大国は以前から国際秩序に大きな揺さぶりをかけていた。米国の一撃は大きいが、それは数ある打撃の一つでしかない。

 ただし、時に極端に振れる米国は反省して戻ってくる可能性が十分にある。それは歴史の教えるところである。それが将来にもあてはまるとは限らないが、米国抜きの国際秩序が考えられない以上、これまでの秩序を維持することに利益を有する同志国が団結して国際秩序の維持のために努力して、米国が戻ってくるのを促すべきだろう。留守を預かるのである。

 米国の有力な同盟国である日本にはその責任がある。責任を果たすためには、政治の安定が不可欠であり、停滞は許されない。

とくち・ひでし 1955年生まれ。東京大学法学部卒業、タフツ大学法律外交大学院(フレッチャースクール)卒業(修士)。防衛庁入庁。防衛省運用企画局長、同人事教育局長、同経理装備局長、同防衛政策局長、初代防衛審議官を経て2015年防衛省退職。2021年現職。中曽根平和研究所研究顧問。著書に『専制国家の脅威と日本』(共著2023年、勁草書房)『防衛外交とは何か』(共著2021年 勁草書房)、『気象安全保障:地球温暖化と自由で開かれたインド太平洋』(共著、2021年(東海教育研究所)等がある。

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