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「宮古の神歌とアヤグ」で講話する佐渡山氏 =6日、宮古合同庁舎5階・研修室

人々の生命の活力 神歌とアヤグの歴史解説 佐渡山氏が継承訴え 県民カレッジ第3回講座

 2026年度第3回おきなわ県民カレッジ宮古地区広域学習サービス講座(宮古教育事務所主催)が6日、宮古合同庁舎で行われた。宮古伝承文化研究所長の佐渡山安公氏が「宮古の神歌とアヤグ」と題して講話。過疎化や高齢化により多くが失われつつある神歌の歴史や厳しい弾圧を越えて受け継がれてきた歴史も紐解き、後世へどう継承していくかが課題だと強調した。

 佐渡山氏は、宮古では、神職組織(ウハン・ツカサ)を中心に神々と人間が調和しながら豊かな祭祀文化が根付いてきたと説明。中心的な役割を果たすのが、神々をたたえ、祈りの詞を唱える「神口(カンフツ)」と、神口から派生した「神歌(カミウタ)」だと語った。
 講話では御嶽や古い集落でムトゥ、スク、ティラなどと呼ばれる御嶽呼称、御嶽の機能を説明し、「神歌は集落により相違があり、展開の仕方もさまざま。集落で祀る神々を唱える、崇べる、鎮めるなどの事柄が盛り込まれる。御嶽だけでなく神アシビ(遊び)が主体となる各家々の御願などでも展開される。神アシビには霊魂を鎮める祈りが歌われたり、島の英雄を歌いあげる、悲しい運命を遂げた人の死を悼むなどジャンルは豊富であり、それがアヤグとして歌われていった」と解説した。

 また、神々の降臨とその信仰、ムラの創始と形式の事業に関わる神々の業績、神々の諸事件と悲劇など多彩な神歌「フサ」についても紹介した。
 佐渡山氏によると、狩俣地域特有の神歌「タービ」は、ムトウ(元)の最上位の神役「ウヤバー」が歌い手となる。神前で中腰になり、両手で広げた神衣装を額の上で左右に小刻みに振りながら謡うのが特徴だ。内容は神名を唱える「カンナーギ」や神々の称賛、集落の創始や事業の業績を歌い上げたものが多い。
 こうした人々の祈りと生活は歴史の中で大きな弾圧と制約を経験することとなる。17世紀後半、首里王府は宮古島の政治の乱れや年貢の不振を理由に、厳格な祭祀禁止令を発令した。
 1678年に示された方針をはじめとする一連の規制(いわゆる「恩納親方宮古島規模帳」など)では、白衣装を纏って神の真似をすること、夜間に山奥や密室に集まって夜通し踊ること(物籠り)、節目の時期に男女や役人らが浜辺や道路に集まって手を取り合い遊ぶことが禁じられた。
 王府の目には「人々が神事に没頭し、農業や手仕事を怠っている」と映ったのだ。しかし、当時の厳しい貢納制度や農作業に耐えていた人々にとって、節目ごとの祭祀や泡盛・ミキの醸造、男女が集う歌踊りは単なる信仰にとどまらず、生命の活力そのものであり、過酷な現実を生き抜くための不可欠な慰めでもあった。
 その後、人々の固い信仰心と地域社会の粘り強い営みにより、1793年には「農業や手職に専念すること」などを条件として約110年ぶりに禁止令は解除された。

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