【投稿】中国の認知戦から沖縄を守れ ―「七つの物差し」を市民防衛の力に― 下地在住 浅野潔
「武器を使わない静かな戦い」と聞けば、生成AIによる偽画像や偽動画を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、それだけではありません。本人が気付かないうちに、ものの見方や受け止め方を少しずつ変え、判断や行動にまで影響を及ぼす。これが認知戦です。銃声が聞こえないからこそ厄介であり、平時から社会の分断や制度への不信を生み、相手国の意思決定を自国に有利な方向へ動かすことを狙います。
中国人民解放軍は2003年、政治工作に「輿論戦・心理戦・法律戦」の三つ、いわゆる「三戦」を位置付けました。輿論戦は世論を動かし、心理戦は不安や迷いを広げ、法律戦は法や法的主張を用いて自国に有利な環境をつくるものです。三つは別々ではありません。世論、感情、法的主張を組み合わせ、相手社会の判断力そのものを揺さぶるところに特徴があります。
沖縄は、この認知戦と無縁ではありません。尖閣諸島領有権、沖縄戦、米軍・自衛隊基地、台湾有事、沖縄県民の先住民族論など、社会の中にもともと意見が分かれやすい論点が存在するからです。中国側では、琉球と中国の歴史的交流や朝貢・冊封関係を強調し、「琉球」と日本本土を心理的に切り離す方向へつながり得る情報発信が続いています。2013年には中国共産党機関紙で琉球の帰属を問題化する論考が掲載され、2023年には習近平国家主席が福建省と沖縄の歴史的つながりに言及しました。こうした一連の動きを単なる歴史談議として片付けてよいのでしょうか。
ここで重要なのが「ナラティブ」です。個々の事実を選び、つなぎ合わせ、「何が起き、なぜそうなったのか」という一つの物語をつくることです。事実の一部が正しくても、その組み合わせ方次第で受け手の歴史認識や政治判断は変わります。近年、「琉球独立」「沖縄は日本ではない」といった投稿や改変動画の拡散が、政府資料やファクトチェックで確認されています。国連で沖縄県民を先住民族と位置付ける議論も続いていますが、日本政府は沖縄の人々は日本国民であり、先住民族とは考えていないとの立場を明確にしています。
県内各地の米軍・自衛隊基地反対運動そのものに中国が関与していると断定できる証拠はありません。しかし、中国の認知戦が既存の社会的対立を利用し、増幅させることを重視している以上、基地や自衛隊をめぐる議論が外部の影響力活動に利用される可能性は直視すべきです。賛成派、反対派を問わず、感情を刺激する情報ほど一度立ち止まる必要があります。
そこで私は、市民一人一人が情報を見る「七つの物差し」を持つことを提案します。有用性、正確性、信頼性、完全性、適時性、整合性、中立性です。発信元は誰か。根拠は何か。古い情報ではないか。不都合な事実が省かれていないか。発信者の目的や利害は何か。「止まる・確かめる・比べる」を習慣にすることです。
スウェーデンやスイスでは、外国からの影響工作から市民を守るため、行政が手引きや教材を整備し、学校や地域で普及啓発しています。日本でも政府だけが認知戦に備えるのでは足りません。沖縄県や市町村は、市民向けの情報防護教材を整え、認知戦の手口を平時から学ぶ機会をつくるべきです。言論を規制するのではなく、市民自身の判断力を強くする。それこそ民主社会の防御です。
9月13日は沖縄県知事選です。どの候補を選ぶにせよ、SNSの印象や刺激的な動画、うわさではなく、候補者自身の政策、実績、発言を一次情報まで確かめて投票したいものです。中国の認知戦から沖縄を守る最後の防波堤は、行政でもメディアでもなく、情報を見極め、自分の意思で判断する県民一人一人なのです。
下地在住 浅野潔



