AIが引用する「専門家」は本物か ロシア発“偽シンクタンク”をOpenAIが摘発
36本調べて、34本がコピーだった。しかも「移民政策の専門家」として紹介されていた女性教授の、本当の専門は食品化学だった。
OpenAIが8月25日に公表した調査「ロシア発の新たな秘密影響工作を阻止」が突き止めたのは、そんな奇妙な話だった。
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コピーされ、著者名を差し替えられていたのは、米シンクタンク「移民政策研究所(MPI)」が発表した本物の論文だった。差し替え先の名前はケイト・ハウエル。実在の人物ではある。ただし専門は移民政策ではなく食品化学。オーストラリアの大学で教えている研究者だ。掲載された顔写真も、2017年にネット上で公開されていた本人の写真がそのまま流用されていた。名前だけでなく顔まで本物だから、余計に気づけない仕掛けだった。
この記事を載せていたのが、「インターナショナル・バーク・インスティテュート(IBI)」というサイトだ。自らを「専門家コミュニティー」と称し、イスラエルに拠点を置くとうたう。「専門家」欄には、言語学者ノーム・チョムスキーや政治学者フランシス・フクヤマといった著名人の名前まで並んでいた。
だが、OpenAIが2025年9月から2026年5月にかけて掲載された記事36本を調べたところ、34本が別の場所からのコピーだったという。ケイト・ハウエル氏だけではない。中国とパキスタンを結ぶ経済回廊についての記事でも、同じ手口が使われていた。本物の論文をコピーし、同じ南アジア研究でも別の大学の教授の名前に付け替え、掲載日まで新しく書き換えていたのだ。
サイトは2025年2月に登録され、少なくとも翌年まで記事や「専門家」欄を備えた体裁を整えていた。
このIBIを宣伝していたのが、ロシア発とみられるChatGPTのアカウント群だった。運営者はロシア語でChatGPTに指示を出し、X、リンクトイン、フェイスブック、サブスタック、テレグラムに投稿する英語の文章を作らせていた。ロシア国内からのモデル利用は認められていないため、運営者はVPNを使ってアクセス制限をう回していたという。
さらに念が入っている。IBIには独自の「主権指数」まであった。各国の「主権」を数値化するという触れ込みだ。数字と順位が付くだけで、単なる主張が「調査結果」に見えてくる。中身はロシアを高く、ウクライナ侵攻を批判してきたフランスやドイツ、EU、そして米国を厳しく採点するというものだった。
ただのうそ記事の量産ではなく権威を製造する仕組み
ただし、誤解してはいけない。ChatGPTがIBIの論文や主権指数そのものを書いたわけではない。OpenAIによれば、AI利用の中心はIBIの記事を宣伝するSNS投稿の生成だった。IBIの運営、論文の盗用・誤帰属、ChatGPTによる宣伝文の生成は、別の話として分けて見る必要がある。
では、拡散規模が小さかったにもかかわらず、この事例の何が重要なのか。
個々の投稿の閲覧数はわずかで、IBI公式アカウントの購読者も少ない。関連するテレグラムのチャンネルにしても、それぞれ1万〜2万人程度だという。ブルッキングス研究所の「Breakout Scale」という尺度でも、Category Threeの下限にとどまった。
それでもOpenAIが報告書で重視しているのは、単なる投稿量ではない。「権威を製造する」仕組みの方だ。SNS上で偽情報を拡散するだけなら、これまでも繰り返されてきた。今回目を引くのは、その一段上流まで作り込んだことである。うその記事を量産するだけではない。「この研究所が言っている」「この教授が書いている」「この指数が示している」と引用できる場所そのものを作る。要するに、うそそのものより先に「うその出典」を作っていたのだ。
なお、ロシア企業「ソーシャル・デザイン・エージェンシー」による別の計画「プロジェクト2026」も、似た発想を持つと報じられている。偽のシンクタンクや参考サイトを大量に用意する計画だ。IBIと同じ作戦だったと確認されたわけではないが、共通するのは、検索エンジンやAIが参照する「上流」を狙う発想である。
AI検索や検索機能付きのチャットボットは、質問に応じてネット上のページを探し、それを根拠に回答することがある。そこで検索先に「研究所」「教授」「論文」とそろっていれば、AIにとっても一見まともな資料に見える可能性がある。実際にIBIが主要なAIの回答へ混入したことが確認されたわけではないが、その可能性を無視できる話でもない。
「ネットの記事を疑え」では、もう足りない。次に疑うべきは、その記事が引用している「研究所」や「専門家」の方かもしれない。
文/昼間たかし 内外タイムス






