• 全国
  • 選挙前の世論調査にAIが回答し、誤差わずか371票…安くて速いデータ提供企業の評価が上がる危うさ
  • HOME
  • 全国
  • 選挙前の世論調査にAIが回答し、誤差わずか371票…安くて速いデータ提供企業の評価が上がる危うさ

選挙前の世論調査にAIが回答し、誤差わずか371票…安くて速いデータ提供企業の評価が上がる危うさ

2024年6月、ニューヨーク州で民主党の下院議員候補を決める予備選挙があった。現職のボウマン氏に挑んだラティマー氏が58.7%を取り、大差で勝った。

この結果を、実際の票と371票しか違わない精度で言い当てた会社がある。ニューヨークのAaru(アール)で、立ち上げたのは10代の若者たちだった。

AIが歌をカバーする時代がやってきた 作詞作曲者はお金が入るのに“声”の対価は…

Aaruは、有権者に一人も電話をかけていない。

彼らが興味深いのは、なんとAIで「その選挙区に住んでいそうな仮想有権者」を約5000人つくり、どちらに投票するかを聞く仕組みをつくったことである。費用は人間に聞く世論調査の10分の1以下で、答えは数分で出るという。Aaruは2025年12月の資金調達で、表向き10億ドル(約1500億円)の企業価値をつけている。

日本でも、内閣支持率を電話で聞くかネットで聞くかで数字がずれることが、たびたび議論になってきた。それなら、もう人間に聞くのをやめて、AIに聞いたほうが正確なのか。

私は、話は逆の方向に進んでいると見ている。

AIは人の答え方を覚えている

受験で本人の代わりに試験を受ける人を、替え玉と呼ぶ。Aaruは、有権者の替え玉を何千人も用意して、本人の代わりに答えさせている。

国勢調査などの人口データから、選挙区に住む人の年齢、性別、学歴、収入の組み合わせを再現し、その条件を持たせたAIに質問する。いまのAIは、ネットの書き込みも新聞記事も過去の世論調査も読んで育っているので、「この条件の人は、こう答えやすい」という傾向を覚えている。

この分野には、お金が集まっている。スタンフォード大学の研究から生まれたSimile(シミリ)は、2026年7月に企業価値20億ドル(約3000億円)で資金を集めた。掲げる目標は、地球上の80億人全員をAIで再現することである。

米大統領選ではトランプ氏勝利を予想できなかったAI

当たるという研究はある。2026年7月に英科学誌ネイチャーに載った論文では、過去の社会調査70件の質問をAIに答えさせたところ、人間の答えとかなりよく一致した。

ところが、本番の選挙では外れている。

Aaruは2024年の大統領選で、投票日の直前にハリス氏がわずかに有利と予想した。同じ年の共和党ニューハンプシャー州予備選ではヘイリー氏の勝利を予想したが、実際はトランプ氏が11ポイント差で勝っている。

苦手なことも見えてきた。人間は3%ほどが「わからない」と答えるのに、AIはほとんどそう答えない。人間なら口にする怒りや偏見も出てこない。

AIが覚えているのは過去の答え方であって、今日の気持ちではない。

この選挙の勝敗を当てたのは、誰が勝つかにお金を賭ける予測市場だった。Polymarket(ポリマーケット)は投票日、トランプ氏が勝つ確率を62%と出していた。ただし日本では賭博にあたるおそれがあり、しかも「なぜか」までは教えてくれない。

ネットのアンケートに替え玉が紛れ込んでいる

ここで話がひっくり返る。

もっとも、ネットのアンケートはもともと、本気の判断に使う道具ではなかった。答えているのは、謝礼をもらって数分で回答する登録者たちで、選択肢の作り方ひとつで欲しい結果に寄せることもできる。ネットの業界にいれば、誰でも知っている。

その手軽な道具に、頼んでもいない替え玉が入り込んだ。

2025年11月、米科学誌PNASに、ダートマス大学のウェストウッド准教授の論文が載った。准教授がつくった自動回答のAIは、人間かどうかを確かめる6000回のチェックのうち99.8%をすり抜けた。学歴に合わせて文章の上手さを変え、打ち間違いまで入れる。1件の回答は、10円もかけずにつくれる。

人間の替え玉も、昔からいた。2020年には、産経新聞社とFNNの合同世論調査で、再委託先のコールセンターが電話をかけずに架空の回答を入力していたことが発覚した。14回の調査で計約2500件、全体の2割近くにのぼる。

人間に聞いたつもりで、実はAIに聞いていた。それなら最初から「AIに聞きました」と断るほうが、まだ正直と言える。Aaruのような会社が伸びているのは、本物の人間の答えを確かめることが、どんどん難しくなっているからでもある。

選挙の材料は本物の人からAIがつくった人へ

2016年の米大統領選では、トランプ陣営の分析を請け負ったケンブリッジ・アナリティカが、最大8700万人分のフェイスブックの個人データを集めていた。その人の性格を推し量り、一人ひとりに合わせて広告を出し分けようとしたとされる。効果を疑う声は陣営の内側からも出ていたが、それでも材料は、実在する人間のデータだった。

2026年は違う。11月の米中間選挙を前に、陣営はAIの有権者で訴えを試し、広告の画像や動画をAIでつくっている。

AIでつくれるものは二つある。調査の回答者と、SNS上で世の中の声がそう見える状態である。日本で目立ったのは後者だった。9月の沖縄県知事選では、共同通信の分析で、発信地が分かるXの投稿のうち88.1%が沖縄県の外から書き込まれていた。

出口調査では、投票先を決めるときにSNSを重視した人が約4割いる。玉城デニー氏とみられる人物を車で押しつぶすような、画像生成AIの映像も出回った。

県外の書き込みがAIによるものとは限らず、結果を変えたとも言えない。それでも、画面に見える世の中の声が、その土地の人の声とは限らないことは、はっきりした。

数字の向こうに本人がいるか

最初の問いに戻る。AIに聞いたほうが正確なのか。答えは「いいえ」である。

AIの替え玉は、過去のデータから「こう答えそうだ」と予想しているにすぎない。世論が急に動いたとき、それを最初につかめるのは、いまも人間に聞く調査しかない。米国の選挙予測家シルバー氏の媒体は2026年4月、AIの世論調査を「ニセの世論調査」と呼んだ。

では、AIの有権者は役に立たないのか。そうではない。

選挙陣営がAIの有権者にお金を払うのは、世論を測るためではなく、広告やスローガンを世に出す前に、どれが響くかを試すためである。人間に聞く世論調査は、アメリカでは1回に数万ドルかかり、結果が出るまで数日待つ。AIなら、同じ訴えを言い回しだけ変えて何十通りも試し、数分で答えが返ってくる。限られた広告費をどこに使うかを決める道具として、これほど安いものはない。

投資家がAaruに表向き10億ドル、Simileに20億ドルの値をつけ、アメリカでは共和党側の陣営がいち早く使い始め、韓国では与党が専門の実務チームをつくった理由も、そこにある。お金が流れているのは、AIが世論を当てるからではない。選挙の準備を安く、速く回せるところに値打ちがある。

使い分けは、はっきりしている。AIで何十通りも試して候補を絞り、最後は本物の人間に聞いて確かめる。シルバー氏も、推し量るのが安く手軽になるほど、直接集めたデータの値打ちはかえって上がると書いている。

危ないのは、二つが混ざることである。2026年3月、米ニュースサイトのAxios(アクシオス)は「多くの人が医師を信頼している」とAaruの結果を報じたが、その「人」がAIだったことは書かれていなかった。人間373人の回答にAI114人分を足して発表した調査会社もある。

AIの推計を載せるなら、それを「世論調査」とは呼ばない。その線を引いたうえで、AIの安さと人間の確かさを組み合わせられた陣営が、次の選挙で強くなる。報道機関にとっても話は同じで、回答者が本人だと確かめ、その確かめ方を読者に示せる調査ほど、値打ちが上がっていく。

民意らしい数字は、いまやタダ同然でいくらでもつくれる。だからこそ、本物の人間に聞いた答えが、一番高くつく時代になった。

文/佐藤崇 内外タイムス

関連記事一覧