皇室の主体性を尊重する「改正皇室典範」 扇動や陰謀論に騒ぐことなく国民は「ご意向」を冷静に受け止めよ
「さかりなるみかきの菊の花かげに 末たのもしきつぼみみえたる」
上に示したのは、昭和3(1928)年秋の昭和天皇の即位礼に際して、当時の皇太后(※貞明皇后)がお詠みになった御歌である。 それから約100年後、今年7月17日に成立した改正皇室典範は、はたして菊の園生に「末たのもしきつぼみ」をもたらすことになるのだろうか。
「室町時代に枝分かれした遠縁」と強調されるが…知られざる「皇室と旧宮家」水魚の交わり
周知のように、10月24日に施行される改正皇室典範には、新たに「養子皇族男子」についての規定が盛り込まれた。
「親王、親王妃、内親王、王、王妃及び女王(皇嗣及び皇嗣妃を除く。)は、皇室会議の議を経て、この法律による皇族男子であつた者の嫡男系嫡出の子孫である現に皇族でない年齢十五年以上の男子であつて、配偶者及び子がないものに限り、養子とすることができる」(第38条)
世界に目を向ければ、継承資格を有する者がいなくなった場合に、君主に継嗣を指名・推挙する権利を認めるという国は珍しくない。
例えばベルギー王国では「王位継承者のいないとき、国王は、両議院の同意を得て後継者を指名することができる」としており、またリヒテンシュタイン侯国では「男系男子がいなくなった際には、末代の侯爵は『侯世子』として養子を取ることができる」としている。
今般の典範改正にあたっては、このような海外の制度もある程度参考にされたはずだ。日本の場合は、天皇が養子を取るわけではないが、「天皇家のスペアとなることは宮家の伝統的役割だから、まずは後継者のいない宮家に入ってもらおう」ということであろう。
さて、その「養子皇族男子」についてだが、国民の評価は真っ二つに割れている。とりわけ反対論者からは、あたかも政府が皇室のお気持ちを無視して養子縁組を強行するかのような風説が流布されている。
このような声を見かけるにつけ、筆者は違和感を禁じ得ない。それというのも、養子縁組はあくまでも「養子、養親、その双方の自由な意思に基づいて行われる」 という制度設計の基本が無視されているからだ。
養子を取るも取らぬも、皇族方のご自由なのである。これは一部の世評とは裏腹に、むしろ皇室の主体性を尊重する画期的な新制というべきだろう。これまで皇室の方々は、ごく一部の例外――男系男子への強いこだわりを示した三笠宮家の故・寛仁親王など――もあれども、皇位継承の在り方について言及することを基本的に避けてきた。
「天皇陛下のご本心」が注目されるからこそ
例えば、上皇陛下はご在位中の平成21(2009)年に「皇位継承の制度にかかわることについては、国会の論議にゆだねるべきであると思います」と仰せになった。しかしその一方で、続けてこうも仰っているのである。「将来の皇室の在り方については、皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要と思います」。
今般の典範改正は、この思し召しをかなえる可能性を高めたといえよう。『読売新聞』によれば、宮内庁幹部は「実際に養子を取る際には、家長である天皇陛下の意向をふまえることになるだろう」と語ったそうだ。
旧宮家の皇籍復帰については、保守層の一部が強く訴えていた「法律により直接皇族とする」案が抹消され、養子縁組という方法のみが採用された。その結果、養親対象となられる皇族方のお気持ちはもちろん、実質的には天皇の叡慮をも、皇室の在り方に反映させられることとなったのである。
過去の記事でも触れたように昨今は、皇室の方々が反論できるお立場にないのをよいことに、ろくな根拠もないのに「天皇陛下のお気持ちは『愛子天皇』実現にある」などと決めつけて、政権を「朝敵」扱いしたがる人々が目立つ。
その姿はまるで、昭和戦前期の皇道派――大御心を歪曲する「君側の奸」であるとして要人たちを排除せんと二・二六事件などを起こした――が生まれ変わったかのようだが、恐ろしいことに大学教授といった立派な肩書きをもつ知識人までもが、少なからずこれに同調している。
そのような状況なればこそ、皇室のご意向が大いに反映される制度を導入することは、社会的混乱を防ぐためには好ましい方策であった。
平成17(2005)年、小泉内閣の「皇室典範に関する有識者会議」において座長代理を務めた故・園部逸夫氏は、著書『皇室法入門』の中でこう述べている。
「天皇家の方に象徴として天皇の地位に即くことを憲法によりお願いしている以上、何らかの形でそのご意向を確認し、少なくともご意向に反する制度にすることは避けることが、将来天皇制度を続けるためには望ましい」
旧宮家の皇籍復帰のための具体的な制度設計はもちろん、皇族女子についてご結婚後も皇籍を保持するかどうかを選べるようにしたことも、この考え方に沿うものといえよう。とりわけ旧宮家については「男系のみの繋がりでみれば、今上陛下とは三十親等以上の隔たりがある」という批判もあるが、養子縁組がまことに自由意思に基づくものであれば、遠縁云々と余人が口を挟むことは、もはや余計なお世話でしかあるまい。
その一方で、次のようにもいえる。皇族に養子縁組の権利を認めることは、裏を返せば「取れるようになったのにあえて養子を取らない」という行動を以てご意向を暗示するという、いわば「令和の御聖断」にもつながりうる――と。
もしも皇室の総意が「女系天皇でも構わない」ということであれば、実際に養子が迎えられる可能性は低い。そもそも養親となられる方が現れないだろうし、皇室会議の議員には、皇族2名や、野党出身である衆参両院の副議長なども名を連ねている。いかに強大な政府とて、そんな状況で皇籍復帰を強行することは不可能であろう。
繰り返しになるが、改正皇室典範は将来の皇室の在り方について、皇室の主体性を尊重するものなのである。だからこそ、たとえば「麻生家が令和の藤原氏になる」という扇動や陰謀論の類に騒ぐことなく、まずはご判断を静かに受け止めようではないか。
文/中原鼎 内外タイムス






