デートDVへの強い危機感―日韓の法の死角をすり抜けた殺人者の5時間の執着と世論が沸騰する空白【裁判傍聴記】
海を越えた男の異常な執着が、東京・世田谷区で一人の女性の命を理不尽に奪い去ったストーカー殺人事件。8月20日に開かれた第2回期日の証人尋問は、日韓の法の死角をすり抜けた凶行の全貌と、残された遺族の癒えようのない悲劇を浮き彫りにする。
予備知識を持たない者であっても、この法廷で暴かれる息をのむような空白と法と人間の交錯からは、決して目を逸らすことができないはずだ。
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身長180センチを超える背丈の男は法廷の被告席にすでに座っていた。報道の顔よりも女性的な童顔である。しかし、小さな目は三白眼。その視線はじっとどこかの中心点を見つめている。顎は縦に短く首のラインへ130度程の角度で首につながっている。その角度は一向に変わらない。
「それでは、本日は証人尋問を行います。証人の方は証言台の前にお立ちください」
大川隆男裁判長が朗々と低く枯れた声で言い述べると、本件犠牲者のバン・ジウォン(韓国籍・当時40歳)さんの家族が遮蔽(しゃへい)措置の向こうで補助参加を行っているその検察官席の背後から1人の韓国人女性が現れる。
証言者は遮蔽措置は施されず、証言台に立ち宣誓をする犠牲者の妹の丸い肩のすぐ右横には、被告のパク・ヨンジュン(韓国籍・31歳)のカーキ色の春物のジャケットとごく小さな2つの眼球が僅かに動いている。韓国語の「はい」は、日本語で主にネだが、証人は「はい」と一度述べ、しかしそれ以降はハングルの独特の音韻と通訳の日本語が法廷に響く。
法廷は55席の傍聴席が配分されており、この日も朝から長蛇の列が法廷の外にあった。その半分はおそらく在日韓国人、もしくはこの裁判のために短期渡航してきた韓国人である。この異様な熱気は、事件発生直後から韓国のインターネットで渦巻いていた感情のうねりが、東京地裁の531号法廷へと直接流れ込んできた結果に他ならない。
2025年9月、事件の発生を伝えるKBS等の主要メディアの報道は巨大なトラフィックを生み出し、「デート暴力」「安全な別れ」というハッシュタグが公式に付与されていた。韓国国内のNaverやDaumのニュースコメント欄では、数万から数十万規模の参加人数と閲覧数を記録し、「日本人の税金で養うのか、韓国で裁け」といった反応に対する激しい反論が巻き起こっていた。
日本の警察が成田空港まで同行したにもかかわらず、出国しないまま戻って犯行に及んだという報道は、海を越えた同胞たちの間に、日本の司法と警察機構に対する根強い不信感と、裁判の行方を最後まで見届けなければならないという強い当事者意識を植え付けた。
被告の態様は変わらない。M字の唇、脂肪で張り出した一重まぶたにある黒目はまぶたの上部側にくっつき、三白眼を形成している。その目は傍聴席も、証人も誰も見ることはない。
車で5~6時間走り続けて押し掛ける執念
この男が引き起こした凄惨(せいさん)な事件を理解するためには、数字と距離、空白の時間を正確にたどらなければならない。日本で暮らしていた被害者バン・ジウォンさんはアパレル関係や貿易関係の事業を行う経営者であり、生活力があった。
彼女が韓国籍の31歳のこの男と交際を始めたのは2025年4月のことである。それからわずか4カ月後の8月16日、被害者は被告の誕生日をサプライズで祝うため、家族にも内緒で韓国・原州(ウォンジュ) へと渡った。
原州での朝。この法廷にいる妹の元に突然の電話が入る。「迎えに来てほしい、怖い」。被告人とけんかになり、殴られ、暴力を振るわれたという悲痛なSOSだった。妹が住んでいた北朝鮮の国境にほど近い古汗(コハン) から原州までは、車で4時間から5時間かかる。妹は車を走らせ、原州のラハンホテル全州で一人震える姉を保護した。
ここから、不可解な時間のトリックと異常な執着が始まる。原州警察の介入により、二人は物理的に引き離された。被告人は「家に帰りなさい」と指導され、被害者も「彼ともう会いたくない」と意思表示をした。被告人は自身の居住地である韓国第三の都市、大邱(テグ)へと帰ったはずであった。大邱から原州までは約180から200キロ、車で2時間から3時間の距離がある。
しかし、その翌日の8月17日。被害者は自身の財布と妹の自宅の鍵を被告人が持ったままであることに気づき、妹の住所宛てに郵送で送るよう依頼した。警察からの警告もあり、もはや直接会いたくないという切実な防衛であった。だが、男は郵送を拒んだ。そして、事前に一切の知らせもないまま、大邱から車で5時間から6時間という長距離を走り抜け、山間部にある古汗の被害者の実家へと突如として押しかけてきたのである。
この5時間から6時間という移動時間は、拒絶された男の執着が狂気へと変わっていくための身体を冷やす期間ではなく、逆にルツボの中で煮詰まるための時間だった。被害者が郵送を望んだという事実。警察からの警告。それら一切の社会規範と彼女の意思を無視し、ただ自らの目的だけを達成する男の異常性が、この移動距離と時間に表れている。
そして、この強行訪問から、8月末に東京・世田谷区で本件惨劇が起きるまでの約10日間から12日間。妹の証言によれば、この期間、お姉さんから直接話を聞くことはなかったと証言する。日本へ帰国した被害者と、それを追って海を渡った被告人。韓国に残された家族にとって、空白期間であった。
妹が次に姉の顔を見たのは、日本の安置室でのことだった。「ただ眠っているだけのようで、亡くなっているとは到底信じられなかった」と妹は法廷で述べる。その横顔には、原州での恐怖も、世田谷での絶望もなかった。ただ、生命活動だけが、そこにはなかった。
ホテルの経営権を持っているという虚飾の経歴
法廷の空気は、証言台に立つ実妹の口から語られる過去の事実によって、少しずつ密度を増していく。被告人パク・ヨンジュンの視線は宙に浮いたまま、微動だにしない。
時計の針を少し巻き戻す。2025年4月。被害者と被告人が交際を始めた時期である。 二人の出会いはマッチングアプリであった。証人である実妹は、姉から被告人について「話が通じる相手で、連絡を取っている相手だ」と聞かされていた。しかし、実妹は最初から被告人を好意的に見ていなかった。理由は単純である。姉から聞いた被告人の話が、すべて”うそ”のように聞こえたからだ。
疋田検事が問う。「被告人はどのような仕事をしている人だと聞きましたか?」
証人は通訳を介して淡々と答えた。「ホテルの経営権を持って運営する人なんだけれども、その経営に対して今、訴訟になっていて争っている最中だ、と聞いていました」
ホテルの経営権をめぐる訴訟と称するうそ。被告は耳障りの良い悲劇の実業家を装っていた。しかし、ホテルの名前すら知らされていなかった。実際には、被害者自身がアパレルや貿易関係の事業を営む経営者であり、十分な生活力を持っていた。この不釣り合いな関係性の始まりに、後の悲劇の萌芽(ほうが)が潜んでいる。
さらに時は進む。2025年7月。 証人の実妹は日本に来日中であり、姉が住む世田谷区の自宅近くのスーパーマーケット周辺にいた。ここで、姉の携帯電話を介して、被告人とカカオトークで直接音声通話を行うことになる。連絡先を知らない妹に対し、被告人が「妹と話したい」と要求し、姉が電話を渡したのである。
電話口で被告人が語ったのは、姉の「元夫」に対する異常なまでの執着であった。 「お姉さんと元の夫が会わないでほしい、自分がそれで辛いから」
己の感情を基準とした電話越しの要求。自分の立場について話す時は言い訳がましく、元夫の話をする時は怒気をはらんでいたという。ここで、法廷の通訳が日本語への変換に戸惑いを見せる場面があった。
「すいません、韓国語での発言ですので、通訳が正しく表現できているか分かりませんが、あの野郎またはあいつという言葉を使っていました」
法廷でハングルの音韻が響く。被告は微動だにしない。実妹が「かつて義理の兄だった人に対して乱暴な言葉は言わないでください」とたしなめると、被告人は「自分の立場や気持ちを分かってくれ」と反発した。自己の感情の正当化。この認知は、後のストーカー行為へとつながっていく。
「伝聞証拠」に異議を申し立てるも…
こうした証言が引き出される中、この法廷では検察官と弁護人、そして裁判官による法的攻防が繰り広げられていた。
「異議があります。証人が被告人に対してどういう感情を抱いたかということは、本件とは関連がありません。お姉さんからの話という点でも伝聞にあたりますので、排除を求めます」
弁護人は、証人尋問の最中、幾度となく立ち上がり「伝聞証拠」を理由に異議を申し立てた。刑事訴訟法320条第1項が定める伝聞法則。公判期日外における供述を内容とする証拠は、反対尋問による真実性の吟味ができない。よって、原則として証拠能力を持たない。弁護人が執ように伝聞法則を盾にしたのには理由があった。被告人と被害者の過去の暴力関係やストーカー行為が証言されることは、本件の殺人が偶発的なものではなく、強い殺意に基づく執着にあることを色濃くしてしまうからだ。韓国・原州での暴力行為を語らせたくないという弁護人の強い言葉が、法廷に響く。
しかし、疋田検事は冷静に応戦する。
「伝聞性については、内容の真実性は別途立証されるべきですが、あくまで『体験をした(やり取りを聞いた)事実』について聞いていくものです」
法学の通説(コメンタール)や判例においても、発言内容の真実性を証明するためではなく、「そのような発言が存在したこと自体(精神状態や認識、発言の存在事実)」を証明するための供述は、非伝聞として証拠能力が認められる。被害者が妹に対して「殴られたから助けて」と語った事実は、その暴力が客観的にどうであったかという真実性の証明ではなく、被害者が当時どのような認識や恐怖を抱き、妹に助けを求めたかという事実を示す直接的な証拠となる。
大川裁判長は、弁護人の異議を次々と棄却した。
「証人がお姉さんからどういう話を聞いたかという事実そのものに対して質問しているので、異議には当たらないと判断します」
「あくまでお姉さんからこの発言があったという事実を聞いているものと理解します。異議は棄却します」
弁護人の声が荒らげられ、法廷に緊張が走る中、被告人パク・ヨンジュンは初めて被害者の実妹の証言と、法曹三者の会話に耳を立てた。無表情だった顔が、小さく紅潮している。自らの偽りと、裏に隠していた執着が、日本の法廷で容赦なく言葉にされていく。
証言は続く。法廷は、2025年8月16日、韓国・原州での暴力事件へと向かっていく。それは、一人の女性が味わった強い恐怖と、国境を越えた執着の始まりであった。
隔離と警告―“交際暴力”の死角と韓国で開示請求された警察勤務日誌が示す真実
2025年8月16日。韓国ー原州。 この日、被害者は被告人に首を押しつけられ、壁の方に押し当てられた。両手をつかまれ、首を絞められた。 店舗の前でのもみ合い。通行人の通報。原州警察署の警察官が現場に臨場する。
証人によると、ここで警察が取った措置は、二人を物理的に引き離す隔離であった。被告人には大邱の家に帰るよう命じ、被害者には家族に連絡するよう指導した。被害者は警察に対し、彼ともう会いたくないと告げている。
なぜ原州の警察は、この暴力を前にして逮捕ではなく一時的な隔離にとどまったのか。その背景には、韓国社会が抱える法制度の死角が存在する。韓国の法律において家庭暴力処罰法が適用されるのは配偶者や事実婚ー親族関係のみとされ、同居していない交際相手の間で発生した暴力は、反復的なつきまといを伴わない限り、ストーカー処罰法も家庭暴力処罰法も適用されない。交際暴力は一般刑法として処理され、警察が加害者と被害者をすぐに引き離す接近禁止命令などの保護の暫定措置を素早く取ることが法的に困難な点。
警察介入のそもそもの目的は被害者の生命の保護であるが、本件においても、事態の一時鎮静化という手段が目的へとすり替わった。交際暴力特例法が存在しない韓国において、被害者が処罰を望まないという意思を示した瞬間、警察は強制力のある保護措置への法的根拠を失った。
現場の警察官は二人のもみ合いを止めたが、関係断絶を望む被害者と執着を募らせる加害者の危険性を排除する措置を最優先する対応がなかった。法が交際暴力を特例として保護しきれない現実。被害者はその法の網の目から野に放たれた。
法廷では、この原州での出来事をめぐり、検察官と弁護人の間で緊迫感のある攻防が始まった。「被告人は、自分の家に帰ったのですか」という検察官の問いに、証人は「はい、帰ったと聞いています」と答えた。 すぐに弁護人が立ち上がる。「異議があります。証人自身が体験していない、お姉さんから聞いた被告人の行動についてまで答えるのは、伝聞です。証言の基礎がありません」
大川裁判長は「異議を認めます」と述べ、検察官に質問を変えさせた。これがのべ8回の異議のうち6回目の異議申し立てである。証人が直接見ていない他人の行動に関する供述は、伝聞証拠として排除される。刑事訴訟法の身柄拘束や証拠能力に従った判断だった。
処罰は望まない、ただ、別れたい
しかし、真の法の攻防はその後、被害者の死後に遺族が開示請求を行った公文書、”原州警察署の勤務日誌”に関する尋問で訪れる。その勤務日誌には、8月16日の原州での被告人と被害者との間で、どのようなことがあったと記載されていましたか。
この8回目の異議において、弁護人は最も激しく何度も抵抗した。請求されていない証拠であり、証人の口を通じて文書の内容を語らせることは伝聞の脱法行為であると反発する。これに対し検察官は、被告人の暴力行為の存在や、弁護人が争う姿勢を見せている警告書に対する補強証言として、立証の必要性は高いと述べた。
刑事訴訟法における通説や判例に照らせば、書面に書かれている内容の真実性を証明するためではなく、その書面が存在し、それを証人が確認したという体験事実そのものを証明する場合には、伝聞法則の適用を受けない。裁判長は「あくまで証人がこの公文書を見て、何が書かれていたかを確認したという事実を語っているものと判断します」とし、弁護人の異議を枯れた低い声で棄却した。
再三の抵抗を経て、証人の口から、公文書に記された言葉が示された。 「首が絞められ、その上で二人がもみ合いになった。そのため二人を引き離し、隔離させた。ただし、お姉さんが被告人の処罰を望んでいなかったため、一時的な隔離にとどめた」 さらに、日誌には被害者の意思がこう記されていたという。 「処罰は望まない、別れたい、別れる」
処罰は望まない。ただ、別れたい。この簡潔な言葉が、否応なく被告人の耳にもぶつかる。交際暴力の被害者が陥る心理上の束縛と、警察沙汰にして相手を逆上させることへの恐れがそこに示されている。そして、この公文書には、被害者が口にしていた警告書の記載は一切存在しなかった。隔離という言葉はあっても、勤務日誌とは別の書類であるため記載がなかったのか、あるいは法的な拘束力を持たない口頭での指導に過ぎなかったのか。
警告書の記録はない。 処罰は望まなかった。ただ別れたかった。 しかし、男はその意思を無視し、大邱から5時間から6時間の距離を越えて古汗へと向かった。 そしてその執着は国境を越え、日本の警察の保護措置をもすり抜け、世田谷の惨劇へと結実する。傍聴に訪れた若い韓国人の男女らは、自国で制定論議が難航する交際暴力の延長線上にあるこの事件に対し、日本の司法がどのような裁きを下すのか、女性を守らない自国の法制度への危機を映しながら見守っている。
証人は眠るような死と極刑を求める―日韓司法の限界点
疋田検事の尋問は、最終局面に差し掛かっている。
「あなたはどのような経緯でお姉さんが亡くなったと聞きましたか」
この問いが出た瞬間、それまで気丈に、時に怒りをにじませながら証言を続けていた妹の言葉が初めて途切れた。重い沈黙が始まる。 妹は、姉が亡くなった当日に、父親からの電話でその事実を知ったと答えた。
知らせを受け、日本へと急行した実妹が安置室で対面した姉の姿。
―お姉さんのご遺体を見たとき、どのように思いましたか―
「ただ眠っているだけのようで、亡くなっているとは到底信じられませんでした。これは本当に現実なのか、うそではないかと思いました」
涙ぐむ証人の声。彼女にとって、姉は心から尊敬する人物で、唯一の親友であった。どんなに辛いことがあっても家族を第一に考え、仕事に一生懸命で周囲の面倒見も良い温かい人だった。アパレル関係や貿易関係の事業を行う経営者として、自立し、力強く生きていた40年の軌跡。その歩みが、たった一人の男の執着によって簡単に断ち切られた。
「現在、被告人に対してどのようなお気持ちを持っていますか」
悲しみで震えていた声が、一転して強い口調へと変わる。ハングルの鋭利な音韻が、法廷を切り裂いた。
「どうしても、絶対に彼を許すことはできません。彼が法的に処罰されたからといって、お姉さんが生き返って帰ってくるわけでもありません。私は被告人に対して、最大限の処罰、極刑を求めます。それだけです」
すぐ右横でその声を聞いているはずの被告人パク・ヨンジュン。彼は相変わらず表情一つ変えない。真っすぐに虚空を見つめ、瞬きすら少ない。この姿の前に、我々は何を思うべきか。
本件において、韓国の警察は当座のトラブルを鎮めることを目的とし、日本の警察もまた相談に応じること自体が直近の目的となっていた。しかし本来、被害者の命を守ることが目的であったはずだ。悲劇の引き金は、被告人の異常な執着である。
それを増幅させ、現実の殺人へと至らしめたのは、交際暴力に対する法律。韓国では同居していない交際相手への暴力は一般刑法で処理され、即時的な接近禁止命令を出すことが困難であるという法の死角。 原州の警察官は二人を引き離し、口頭の指導を与えることに成功した。被害者も日本の警察に相談し、自衛の手段を講じた。
だが、韓国での警告を無視し、海を渡ってまで追跡するストーカーに対して、日韓両国の司法および警察機構は全体として機能不全に陥った。
8月16日、韓国・原州での暴力事件と警察の介入。8月17日、大邱から古汗への5時間から6時間をかけた強行訪問。8月29日、日本の警察への相談。 そして、8月末、世田谷区での凄惨な殺人。 これほどまでに濃密な死の予兆がありながら、悲劇は止まらなかった。
大邱から古汗へ、そしてソウルから東京へと執着のままに移動した男の長時間の軌跡と、妹が姉の死を知るまでの10日余りの空白は、重く残り続ける。その空白を埋めるのは、法の裁きと、この出来事を直視し続ける我々の目である。
文/吉田朔三 内外タイムス






