【演芸諸行無常】芥川賞作家・中村文則さんの新作落語誕生、令和の演芸遺産に
小説「掏摸(すり)」や「教団X」、映画化された「去年の冬、きみと別れ」などで知られる作家の中村文則さん(48)が初めて、落語を書き下ろした。芥川賞作家による新作落語が誕生したのである。
半年後の年末、今年の演芸界を振り返る座談会(毎年、毎日新聞が実施し、私もメンバーに加えてもらっている)に今年も声がかかれば、演芸ニュースの上位になることは確定だ。
つい先日、初演の会が東京・新宿の紀伊國屋ホールで開催された。会のタイトルは「三遊亭円楽×中村文則~円楽、中村文則執筆 新作落語 相勤申上候~」。
しゃべり手は七代目三遊亭円楽師匠(48)。以前、会見で中村さんは「円楽を襲名なさった記念ということで、お祝いとして書かしていただきました」と明かし「しかも無料で」と付け加え、普段は無表情のことが多い取材記者をぷっと吹かせた。
【演芸諸行無常】こっそり落語会に足を運んで選考、受賞者も発表まで口外できない芸術選奨の“掟”
落語家が手掛ける新作落語は日々、あちこちの高座で頻繁に生み出されている。とはいえ、新作落語の多くは掛け捨てにされ、生みの苦しみに比較すると根付く割合はさほど高くない。
中村さんの新作落語は、おそらく根付き、演者から演者へと口伝され、やがて古典落語のように演芸界にさりげなく収まっていくのだろうな、と思わせるに十分な、何気ない日常とその中で起こる時折の意表がスケッチされた一席だった。
「語られることを前提として書いたことは初めて」(中村さん)という新作落語の演題は「座れない」。主人公の男性(名前は語られなかった)が生家へ帰る電車の中で座れないさまを描いている。
書く前に古典落語200席を聞いて分析
中村さんの作風から、歌舞伎でも上演される「牡丹燈籠」や「真景累ケ渕」などをこしらえた近代落語の祖、三遊亭円朝のようなおどろおどろしい落語を勝手に思い描いていたが、まったくあべこべ。大げさな展開ではなく、日常の時間軸の中で、会話や独り言を成立させている。実に落語っぽいのである。
主人公の前に3人家族やトートバッグを持った女性や金持ち風老人、幽霊などが立ちはだかり、主人公が座ることを阻止したりしなかったり。
「噺家(はなしか)さんが作らないようなもの」を中村さんは狙い、書く前にまず、古典落語200席程度を聞き、プロットを分析したという。
最終的に参考にしたのは古典落語「浮世床」。江戸時代、浮世床=理髪店に集まってああだこうだ言い合う客の様子を描いた落語で、「座れない」も電車という舞台を設定し、さまざまな相手とのやり取りでストーリーが展開していくという流れ。確かに「浮世床」の構造をうまく生かしている。
時間は15分ほど。寄席でもかけられる、いわゆる“席サイズ”に仕上がっている。演者の工夫で、面白い人物やエピソードを付け加えたり、削ったりすることもできるフレキシブルな点も、持ち時間の伸び縮みを求められることがある寄席にはうってつけだ。
中村さんは「いろんなことが付け加えられていって、やがて誰が作ったのかも分からなくなってほしい」と詠み人知らずの落語になることを期待する。自身の著作権を主張することもなく「あとは円(楽)さんが好きにして」と円楽師匠が誰に教えても差し支えないことを許諾した。
落語会のトークショーで、円楽師匠に第2作を懇願されると、やや戸惑いながらも「時間をください」と中村さんは約束した。小説に向けられるはずの中村さんの時間が落語に向けられることはもったいなくもあるが、未来の落語界にとってはありがたい令和の演芸遺産になる。
取材・文/渡邉寧久 内外タイムス





