月給90万円の不動産エリートから路上の果物売りへ 45歳女性が直面した「中国不動産バブル崩壊」の現実
かつて最高月給4万5000元(約90万円)を稼ぎ、北京の超高級マンション開発を指揮していた元エリート不動産マネジャーが、いま天津の路上で三輪バイクに果物を積み、客引きの声を上げている。
彼女はなぜ職を失い、露天商へ身を投じることになったのか。華やかな中国不動産バブルの崩壊と、荒波に翻弄(ほんろう)された個人の半生を追う。
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約6000万円のマンションをローンで購入も
今年、45歳になる陳麓同(チェン・ルートン)は足かけ10年以上、不動産業界に身を置いていた。
フランスでインテリアデザインを学んだのち、2010年に帰国。その後、大手デベロッパーに内装担当として入社した。当時の月給は7000元余り。ここから、彼女の不動産業界でのキャリアが始まった。
当初、担当したのは大型プロジェクトのハイエンド物件だった。経験が浅かった彼女はがむしゃらに学ぶしかなく、夜8時、9時まで残業し、設計図を何度も見直した。
当時は不動産市場が活況で、デベロッパーも惜しみなく資金を投じていた。モデルルームの床には高級石材を使い、壁紙には海外直輸入の素材を使っていた。「費用がいくらかかろうと、最高の見栄えを作れ」。それが業界の常識だった。
物件の近くでは毎週土曜日に花火が打ち上げられており、マンション購入を検討する顧客を招いては鑑賞会を開いていた。仕事で携わった部屋から、皆が内装と美しい外観を同時に眺めている光景を見て、彼女は強い達成感を覚えた。
そのうち彼女は全国の3〜4件のプロジェクトを担当するようになった。当時の開発サイクルは驚くほど速く、物件が売れれば得られた資金で別の都市の土地を買い、次々とプロジェクトを立ち上げるのが当たり前だった。
仕事が軌道に乗るにつれ、月給は2万元を超えた。当時は貯金などほとんどせず、欲しいものは何でも買った。洋服や化粧品にお金を使い、ファッション雑誌を参考にコーディネートを研究した。
貯金ができない彼女を見かねて、母が「自分の家を買ったらどうか」と勧めた。2019年のことである。
彼女は最終的に296万元(当時のレートで約6000万円)のマンションを購入した。頭金として自己資金から十数万元を出し、残りは親戚から工面し、計200万元以上のローンを組んだ。当時は不動産価格のピークだったが、仕事は順調で、収入もさらに増えるだろうからローンなど問題ないと思い込んでいた。
ほどなくして彼女は別の不動産会社へ転職、マネジャーのポストに就いて月給は4万5000元に跳ね上がった。
そこで担当したのは、北京にある超高級アパートメントだった。手がけた物件には1億元(約20億円)を超えるものもあった。エルメスやシャネルといった一流ブランドをテーマにした内装が施され、家具は海外からの直輸入だった。家具ひとつで数十万元することもあり、搬入時にかすり傷一つ付けることさえ許されなかった。
しかし2022年ごろから、業界の風向きが目に見えて変わり始めた。会社は規模を縮小、彼女は突然、人員整理の対象になったと告げられた。
45歳で転職試みるも門前払い
当時は蓄えと退職金があったため、住宅ローンは何とか持ちこたえられた。彼女は別の道を模索しようと、SNSや個人メディアに挑戦したものの芽は出ず、資金も底をつきかけた。そして2024年に就職活動を再開した。
その頃には、不動産業界での求人は絶望的な状況になっていた。100通以上の履歴書を送っても、返信はほぼゼロ。以前はどの会社も人手不足だったのに、当時のプロジェクトは激減。職を求める人ばかりがあふれていた。
その後、彼女の実績を評価した広東省の会社に入社が決定したものの、たった3カ月で会社の資金繰りがショート。給与の未払いが発生しプロジェクトもストップしてしまった。
そして昨年の4月、彼女は北方のリフォーム会社へ転職、月給は1万5000元まで落ちた。資金が底をつきつつあった彼女にとって、給料が経歴に見合うかなどどうでもよく、毎月の住宅ローンさえ払えれば十分だった。
やがて会社は厳しいノルマを課すようになった。1人あたり月8万8000元の売上と、最低3件の成約。このノルマが導入された最初の月、彼女は目標を達成できず、会社を去った。
転職サイトへ送り続けた履歴書は、まるで水に投げ込まれた小石のようだった。最初はわずかに波紋を広げたものの、次第に音もなく深く沈んでいった。45歳の人材は、多くの企業が門前払いした。
住宅ローンは両親が肩代わり
そして毎月8000元の住宅ローンは、両親が肩代わりして払い始めた。娘を助けるため、70歳になる父は外に出て清掃のアルバイトを始めた。
彼女は家を売ることも考えた。しかし不動産相場は購入時から100万元以上下落しており、今売れば大幅な損切りになる。もともと自分が住むために買い、両親もとても気に入っている家だ。ここ数年でコツコツ稼いだ90万元を注ぎ込んだ、いわば血と汗の結晶でもある。彼女は結局、家を売ることはできなかった。
やむなく、ここ数カ月、彼女は雨の日も風の日も休まず露店を出している。毎日1000元の売上を立てて、少しでも多くローンの返済に充てたいと願い続けている。
かつて超高級マンションで、数千万円の輸入家具を扱っていた彼女は今、数十円の利益を計算し、客からのわずかな値引きに胸を痛める。
日が暮れた地下鉄の出口、半分だけ売れ残ったスイカを前に、彼女は立ち尽くす。
「あと一人、誰か買いに来てくれないだろうか」
遠くに見える街の明かりと、行き交う人々の波。かつて繁栄の中心にいた45歳の女性は今も、自らと両親の生活を守るため、路上で祈るように客を待ち続けている。
文/下川英馬 内外タイムス






