【コラム】著名人を取材して思う「本当の大物」の余裕 偉そうな人と、偉い人
内外タイムスの編集部員・記者として、インタビューや対談企画で、いわゆる「著名人」に会う機会が多い。これまで元総理大臣から、著名人ではないかもしれないが元山口組に所属していたそっち系だった人、政治家では保守からリベラルと右から左まで、内外タイムスが再びスタートして1年足らず、さまざまな人を見てきた。
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取材後に「どんな人だった?」「わがままじゃないの?」と、その人の人となりを聞かれることも多い。幸運なのかどうかは分からないが、内外タイムス編集部で働いていて、これまで私は対応に苦慮するような取材相手に出会ったことはない。
でも、世間ではインタビュアー泣かせの著名人は多いようだ。「終始不機嫌であいさつもしない」「言いたいことは全部マネージャーを通して言ってくる」なんて話はよく聞く。真偽は定かではないが、中には現場で出された飲み物が気に入らず、帰ってしまったなんてケースもあったとか。
なぜ、こんな態度を取るのだろうか。周囲にちやほや甘やかされたい、自分の存在感をアピールしたい、あふれる自己顕示欲が抑えきれない。この程度の理由で収まるのではないだろうか。自分自身が置かれている現状に満足していないことはうかがえる。
これまで、現在の職場で私が取材してきた人は、みんないわゆる「いい人」だった。気さくに世間話に応じ、取材では真剣に言葉を選びながら一生懸命に答える。圧倒的な“余裕”が感じられる人ばかりだった。スケールの大きな仕事をしているからか、物事を達観していた。
そして不思議なことに、いわゆる大物著名人になればなるほど、1人で取材先に来ることが多い。おそらく、「1人の方が動きやすいから」とかそんな理由なのではないか。今度、聞いてみようと思う。
もう偉ぶる必要がない。だって、もう偉いんだから。「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」を実感する今日この頃である。
文/森慶一 内外タイムス編集部






