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元AKB48劇場支配人・戸賀崎智信インタビュー(第3回)ただのAKBオタクだった指原莉乃が化けた理由と無職だった僕に秋元康が渡してくれた100万円

グループのブレイクとともに給料は月収600万円へと跳ね上がり狂乱の時期を迎えるが、一発の「文春砲」をきっかけに事態は急転直下。劇場支配人の辞任、独立後の突然のクビ宣告。そして2025年12月、20周年コンサートの客席に戸賀崎氏はぽつんと座っていた。「再現性のないエンタメ界には戻らない」と言い切きった男の最後の決断とは。

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原価50円のクリアファイルで大もうけ「月収600万円」バブル

AKB人気の上昇に伴い、戸賀崎氏の報酬も急上昇した。秋元氏、窪田氏、芝氏が設立した「AKS」という会社がAKB48を運営していたが、戸賀崎氏はそこに所属せず、あくまで「office48」のままだった。そこでAKBの公式グッズ制作などを手がけていた。

「収入は10倍くらいになりましたよ。月45万〜50万円だったのが一気に600万円ほどになりましたから。全然残っていませんけれど(笑)。ずっとこれが続くのだろうと思っていましたし、セーブも貯金もせず『一緒に行くぞ!』という勢いでした。グッズは本当に利益率が高いんです。原価50円もしないクリアファイルが500円で何十万枚と売れていく。経費も月に100万円ほど使っていました。お金を持っていなかった男が一たび手にしたときにやってみたい遊びってあるじゃないですか。あれは一通り全部やりました(笑)。でもそこで一度経験して卒業できたから『もうそういうのはいいや』と思えましたし、やっていなかったら今でも『いつかは六本木で……』なんて憧れていたかもしれないので良かったと思っています」

文春砲での撃沈と、突然訪れたクビ宣告

絶好調だった戸賀崎氏に、暗雲が立ち込める一発が打ち込まれる。いわゆる「文春砲」だ。

「調子に乗りまくっていたから当然そういう目にも遭いますよね。若い子をお預かりする立場でありながらメンバーと同世代の子と遊んでいたわけですから、管理者として良くなかった。そんなこんなでカスタマーセンター長というポストに落ち着きました。その後、『office48』も辞めて独立することになります。結婚して子どもも生まれたので『誰かに給料を決められるのが嫌だな』とシンプルに思ったんです。そこで握手会を運営する会社を立ち上げました。ゼロからやってきた自負もありましたし、予算もついていたのでやれる自信はありました。レコード会社から依頼を受け、1回あたり約1億円かかるイベントで6%程度の粗利が入るビジネスモデルです。年間40億〜50億円規模で握手会を開催していたので、大きな利権といえば利権でしたね」

「ごめん、足しにならないかもだけど」秋元康からの100万円

独立直後、文春砲の影響か、あるいは単に調子に乗っていたからなのか、戸賀崎氏は突如クビを宣告される。

「正直、今はまったく恨んでいませんが、当時はめちゃくちゃムカつきました。『本当に失礼な奴らだな』と。でも今は『失礼だったのは自分の方だったんだろうな』と思っています。仕事にしっかり向き合って一生懸命やっていれば、何があっても守ってもらえたはずなんです。『あ、こいつはダメだな』と判断させてしまった自分自身の責任ですね。ただ当時は『ゼロから育てて支えてきたのに何なんだ』という思いもありました。先ほども言いましたが、秋元先生だけは最後まで守ってくださいました。無職になったときも『戸賀崎、ちょっと苦しいだろう。ごめん、足しにはならないかもしれないけれど』と100万円をポンと渡してくださって……」

「ただのAKBオタク」だった指原莉乃の覚醒

AKBのメンバーを原石の時代から見守り、現在の活躍を見て「この子は化けた」「この子はいまいち実力を発揮できていない」などと思うところはあるのだろうか。

「死ぬまで全て途中経過だと僕は思っているので、今の一瞬を切り取って『うまくいっている・いっていない』と語りたくないですし、僕自身についても語られたくはないという思いがあります。その上で語るとすれば、やっぱり指原(莉乃)じゃないでしょうか。完全に化けましたよね。当時は口の達者な後輩メンバーといった立ち位置でしたから、今とは全然違います」

指原はスキャンダルを経てHKT48へ移籍。卒業後はタレントやコメンテーターとして人気を博し、現在は人気アイドルグループ「=LOVE(イコラブ)」のプロデューサーとしてほぼ全楽曲の作詞も手がけている。

「元々彼女はAKBオタクで、ただのファンでしたからね。怒られてしまうかもしれませんが、特別目立つ美人というわけでもなく、当時は地方から出てきて『地方組』と呼ばれる宿舎に入っていた『アイドル志望の女の子』でした。デビュー当時の写真を見たら驚くと思いますよ。今はすごく洗練されて綺麗になっていますけれど。自分がアイドルのファンだったからこそファンの気持ちが分かり、プロデュースができるのでしょうね。『こうされたらうれしい・嫌だ』という感覚が身に染みているのだと思います。ちなみに僕も一度作詞に挑戦してみたことがあるのですが、一文字も浮かびませんでした(笑)。ただひらがなが並んでいるだけになってしまって」

30周年記念コンサートにはAKBにお弁当を配りたい

2025年12月、AKB48の20周年記念コンサートが開催された。戸賀崎氏のもとに1枚の招待状が届く。それは寝耳に水のことだった。

「招待状をいただきました。正直、複雑な思いもあり『どんな顔をして行けばいいのだろう』と悩みました。ただ、ファンの前であいさつもできずに辞めさせられてしまったので、不完全燃焼な気持ちがあったのも事実です。自分の中で一区切りつけたいという思いもあり出席しました。メンバーには誰にも声をかけず、遠巻きに見守って帰りました。初めて『お客さん』として客席からAKBのライブを見たんです。それまでは支配人としてずっと立ちっぱなしで、悪さをしているオタクを制圧したりしていて落ち着いて鑑賞したことがなかったので。アイドルの好き嫌いを超えて、純粋に楽しかったですね」

支配人を退任してからは、お弁当事業を手がけている。1日100万食を目標にフランチャイズ化も視野に入れているという。エンタメビジネスの世界にはもう未練はないのだろうか。

「もう絶対に戻らないです! 僕自身にはそんな面白い企画を考えるセンスもありません。『人を商品・商売にする』というのは水商売と同じですが、再現性がまったくゼロなんです。その人がいなくなったり辞めたりしたら終わり。そこに時間と情熱を注ぎ続けるのは難しいと感じます。彼女たちにお弁当を配っているほうがよっぽど性に合っています(笑)。30周年コンサートの際にはぜひ発注してほしいですね。実は20周年コンサートのときもひそかにオーダーを待っていたのですが来ませんでした(笑)。いつか注文が届くことを願って、それまで頑張ります!」

《プロフィール》
戸賀崎智信(とがさき・とものぶ)1973年富山県生まれ。筑波大学付属小・中・高を経てキャバクラのボーイに。ひょんなことからAKB48プロジェクトに参加、劇場支配人になりキャバクラで培った手腕を発揮する。現在は、ロケ弁・仕出し弁当宅配の「お江戸弁当」を経営している。

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