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ソニー創業者、盛田・井深の元側近社長(91)が語る長生きしながら週5電車通勤できるコツと転職に成功する「3つのY」 【スーパーエイジャー列伝】

スーパーエイジャーとは、80代以上でありながら、50代〜60代と同等以上の優れた記憶力や認知能力を保っている高齢者のことだ。今回紹介するのは、 90歳を過ぎても、今なお週5で電車通勤している経営者、人材紹介会社「CEAFOM」の代表取締役の郡山史郎さん(91)だ。

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ソニーの創始者である井深大と盛田昭夫の側近だった郡山さんは1959年ソニーに入社し、73年に他社に転職するも81年に再びソニーに戻って、ソニー株式会社取締役情報機器事業本部長、常務取締役経営戦略本部長、資材本部長、物流本部長、ソニーPCL株式会社代表取締役社長、会長を歴任した。2004年69歳の時に、CEAFOMを設立、代表取締役に就任した。今でも「働くことが楽しい」と郡山さん。健康長寿の秘けつは働き続けることだという。

また著述家としての活躍もめざましい。ベストセラー「定年前後の『やってはいけない』」ほか、「90歳の現役ビジネスマンが伝えたい自分を活かす働き方」、「井深大と盛田昭夫 仕事と人生を切り拓く力」(すべて青春出版社刊)などがある。

郡山さんの日課は、東京・大田区の自宅から青山にあるオフィスまで電車で週5通勤し、朝8時半に出社。15時には業務を終了して、帰宅は16時前になる。

毎日欠かさないのが、夕食前の「お疲れ様」の晩酌タイム。日本酒なら2~3合、ウィスキーは水割り2~3杯。時には、担当編集者と仕事の帰りに、ホテルのラウンジで打ち合わせをしながら、水割りを飲む。そのため郡山さんにとって「酒は百薬の長」と言えるだろう。

特に健康に関して留意するようになったのは、会社を興した後の70歳を過ぎた頃から。

「食事の支度を除いて家事全般のほか、自分のことは自分でやっています」と生活でも自立するという姿勢。ただ60歳を過ぎてから足腰の弱さが顕著になったが、それでもサプリメントなど健康食品に頼らずに、歩行器を利用している。

「10年ぐらい前から車付きのカバンにしたら、腕の筋肉もついてどんどん歩けるようになりました」

車付きのカバンで通勤するだけで腕の筋肉もつくのだから、やはり仕事中心の日課が、郡山さんにとって健康面でのメリットが大きい。

現在の心境は硫黄島守備隊員の心境と同じ

「自分は健康だと思っている限り働ける」と郡山さん。仕事以外にも著述家として、今なお編集者からオファーが届き、社会に役になっているという実感があるため、健康維持の役になっていることだろう。また90歳を超えても、持病が一つもないというのも、凄い。

「2年に一度ほど、大きな病院で精密検査を受けています。かかりつけのお医者さんの薦めです。全体的に老化は激しいですが、どこか特に悪いところは無いそうです。過去にがんで小さな手術は3回、軽い脳梗塞のあとが三か所あるそうですが、早期発見のおかげで、現在は日常生活には全く差し支えないですね」

健康に効果の可能性があるとうたっているサプリメントも、朝鮮人参、しじみ、すっぽん、青汁、その他の老化防止の食品や薬も、飲まないという。

「必要な人もいるのでしょうが、要らない人もいるという見本になりたいですね」

また老境を迎えた現在の心境を次のように語る。

「今日一日をいかに過ごすか、これは慎重に考え、計画的に行動しています。今日一日が無事に過ごせればよい。例えが悪いが、硫黄島守備隊員の心境と同じと思われますね。どうなるかは、わかっている。ただ、それが今日でないように全力を尽くしている。ただ今日であっても悔やむ気持ちも、悲しみもない。よくここまで頑張った、という自己満足がありますね」

戦中、戦後を生き抜いた世代ならではの、ずっしりとした重みのある言葉である。

さて熟年世代の読者に向けて、人生100年時代にふさわしい働き方とは何だろう。

「中高年に必要なことは頭の切り替えです。若い頃から着々と実力を身に付け、キャリアを積み重ねてきた時代はまさに輝かしい時期です。でもプレーヤー時代は卒業し、活躍する若い世代をサポートする。この役わりに移行できた中高年は、幸福度が高くなります」

過去の栄光を捨てて下の世代の育成やサポートに回ることが、熟年世代の次のステップへの可能性が広がるのだ。

「もし中高年が転職をするのなら、オープンマーケットである転職サイトで仕事を探すのではなく、人脈を駆使して探すべきですね」

熟年世代の転職で必要なことは、人脈を使うこと、現場に潜り込むこと、そして3つのY、安い(給料でも働く)、やめない、休まない、をモットーにすると働く場所が見つかるのだという。これは郡山さんの経験から引き出された知恵だ。

「私は定年後に仕事を探しましたが、会社の経営を担ったというキャリアがあっても、次の仕事がなかなか見つからなかった。そんな時にある人材会社の社長と知り合いだったことから、その会社に新入社員として入社したいと社長に直談判したところ、実現しました」

「何でもやる!」という精神で飛び込んだ。だがパソコンの技術や営業でも若い世代と比較にならないことを思い知らされたという。落胆していた郡山さんに、その会社の子会社の社長に抜てきされ、赤字経営を見事に黒字に転化させた。会社側から新入社員の給料でクオリティーの高い仕事をしてもらったと喜ばれたという。

「まず過去の栄光は捨てましょう。そしていざという時のことを想定して、半年間のギリギリの生活費をプールしておくことも大事ですね」

文/夏目かをる 内外タイムス

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