平沢勝栄衆院議員インタビュー(第3回)保守派の論客が斬る世相と自身の引退について
1996年の衆院選で初当選し、政治家として第二の人生をスタートした平沢勝栄衆院議員(81)。以降、30年間の政治家生活で多くの難題に取り組んできた。
内外タイムスの単独インタビュー第3回。北朝鮮拉致問題から、高市早苗首相や小泉進次郎防衛相への期待、憲法改正などについて保守派の論客らしく切れ味鋭い意見を口にした。
さらに政治家としての引退についても言及。使命に燃える81歳の胸の内を聞いた。
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拉致問題報道に怒りも
2002年に「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟(拉致議連)」を結成し、2005年には「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」委員長に就任。拉致問題は平沢氏が熱心に取り組んできた重要テーマのひとつだ。
「私たちが議連を作る前は別の人がやってたんですよ。ただ、そのやり方がどうも北朝鮮寄りだということで取り替えて作ったんです。その時の会長が石破茂さん、私が事務局長でした」
海を隔てて離れ離れになった日本の被害者家族も高齢化し、残された時間は決して多くない。平沢氏は声を大にして話す。
「タイムリミットというと語弊がありますけど、ただ救出すればいいんじゃなくて、関係者の方が生存している間に解決しなきゃならない」
また、平沢氏が最も影響を受けた政治家に挙げる後藤田正晴氏は生前、拉致問題に関する報道への怒りをあらわにしていたという。
「報道が悪すぎるから俺はテレビなんか見ないよって、スイッチを切っちゃうんですよ。拉致事件は被害者や被害者のご家族、あるいはその関係者だけではなく、警察にも関係する、外務省にも関係する、マスコミにも関係する、学者にも関係するわけです。これは外交案件だけども、同時に警察マターでもあるんです。ですからこの問題の解決について一言で言えば、警察とか外務省など政府機関に任せることなんです。警察、外務省に任せないで、ああだこうだといろんな人が解決策を叫び続けているが、これはいかがなものか」

後藤田氏の怒りは、同時に平沢氏の怒りでもあった。口調は次第に熱を帯びる。
「何年経っても全然解決できない、助けを求めている人がいることが分かっていても助けることができないなんてことが日本であっちゃおかしいですよ。まずは解決に全力を挙げて、解決したら今後こういったことがないようにしっかりと対策をとることが大事なんじゃないかと思います」
拉致問題については高市早苗首相も解決へ強い決意を示している。女性初の総理を平沢氏はどう見ているのだろうか。
「今までできなかったことをやるのが一番大事ですよ。いろんな問題を抱えているわけですけど、やけどするような厳しい仕事はみんな遠ざけちゃう。高市さんの場合は応援してくれる人がいっぱいいるが、この問題は支持率が高い時でないと解決できないところがあるので今がチャンスです」
平沢氏は2001年発足の第1次小泉純一郎内閣で防衛庁長官政務官、2003年の第1次小泉再改造内閣で総務大臣政務官を務めた。その次男・小泉進次郎防衛大臣への期待も隠さない。
「若いにもかかわらず、しかも議会政治家としてずっとやってきたわけじゃないにもかかわらず、大変な手腕というか、能力を発揮していますね。素晴らしいと思います」
具体的にどこが素晴らしいのか聞くとこう答えた。
「防衛省の職員に聞くと分かりますよ。これまで、防衛省には二度と来ないでくれと、出ていった時に塩をまかれた人もいたんですが、小泉大臣については、ぜひこのままずっといてもらいたいと。やっぱり、やる気が一番大事ですからね。私も応援したいと思います」
憲法改正は「自然体で解決する形に持っていくべき」
ウクライナや中東で争いが絶えず、日本も周辺国との緊張が高まる状況。国民全体的に国防への意識は今後ますます高まっていくだろう。その中のひとつに自衛隊を明記するか否かを含む憲法改正問題がある。
「憲法改正はしなきゃいけないでしょう。だけども憲法改正が大きなニュースになる時に改正したらダメですね。自然な形で、自然体で解決するという形に持っていった方がいいと思います。トラック競技で言えば他の国に比べて2周、3周遅れたような状況で、今から改正しますと言うのはあまりにもお粗末です。改正しなきゃならないところは山ほどありますよ。100条を超える憲法で一つや二つのはずがないんですよ。戦後80年も憲法を改正しないできたわけですから。静かな中で皆さんの賛成を得て改正するのが一番いいんじゃないですか」
急いては事を仕損じるということか。もし、反対意見に耳を傾けずに改正を強行すれば、混乱は必至だろう。
「9条は重いということは事実ですけども、外国から見たらこれは特別だと思う方はほとんどおられないです。日本だけでしょ、特別、特別って。これをやったからといって特に何かが大きく変わるということではないと思います」
丁寧に説明を積み重ね、粘り強く機が熟すのを待つべきと平沢氏は力説する。
「改正は今まで通り置いておけばいいんです。それをちゃんと乗り越えられるような国民の皆さんの賛成を私たちが得ればいいわけです。国民の皆さんにできるだけ理解してもらえるように、いろんなメッセージをどんどん国民の皆さんに流していかないといけないんです。よく勉強していただいて、その上で賛成か反対かを決めてもらうということじゃないでしょうか」
平沢氏は9月4日で81歳になった。今後やりたいこと、やり残していることを聞くと、即座に答えが返ってきた。
「いっぱいあります。第二次大戦時にアメリカの空襲などに遭い、日本で大きなけがをした人たちに対する補償を何にも出していない。それが非常に残念ですね。これは総理が新しく誕生するたびに約束を取り付けているんだけど、その総理がいざ出そうということになると、反対の人がいたりして、なかなかうまくいかない。国のやった戦争で大きな被害を受けた人はいっぱいいるわけですよ。だんだんお亡くなりになってきていますが、世界中どこでも、一般の国民と軍人を差別することなく、けがしたら同じようにきちんとお見舞い金を出しているわけです。これはぜひやりたいなと。やらないとおかしいなと思います」

強い意志が伝わってくるが、現役の国会議員では86歳の麻生太郎氏を筆頭に、山崎正昭氏、野村哲郎氏、額賀福志郎氏、森山裕氏に次いで、誕生日順で6番目の高齢だ。政治家として引退を考えることはあるのだろうか。
「それは当然ですよ。ただ、年いったから辞めろというのはふざけんじゃないということなんですけどね。年で辞めるんじゃないんです。頭の回転が鈍くなったからというなら分かりますよ。だけど年を取ったんだからそろそろ引退と、そんな馬鹿なこと言ってるのは日本だけですよ。年を取ろうが関係ないんです。本人が今どうなのかということが大事なんです。自分から自発的に辞めることはあっても、誰かに言われて辞めることは絶対ない。選挙でも、そろそろ年だから辞めたらっていうヤジが飛んだりするらしいですが、私の地元の葛飾区で演説してると、全然ヤジが飛んでこなかったです。葛飾区はレベルが高いなといつも感心しているんです」
口調こそ穏やかだが、言葉の端々に仕事への意欲、もっと言えば負けん気のような気概が感じられる。「失われた30年」とも言われる今の日本では、未来に対してネガティブな話題が多い。平沢氏から日本の若者に向けてメッセージをお願いすると、こう答えた。
「自分は不幸だなと思っているかもしれませんけど、その人より不幸な人は山ほどいるわけだから、だから絶対に負けないで、乗り切って頑張ってもらいたいなと思います。自分は不幸だ、不幸だ、と思われるかもしれないけど、そんなことはないです。世の中誰だって、総理大臣だっていろんな悩み問題を抱えている。みんな抱えています。ですから、そういったことに負けないでしっかり頑張ってもらいたいなと思います」
インタビュー・文/請川公一 内外タイムス編集部

《プロフィール》
平沢勝栄(ひらさわ・かつえい)1945年9月4日、岐阜県大野郡白川村生まれ。東京大学法学部卒業後、警察庁に入庁。外務省在英国日本国大使館一等書記官、内閣官房長官秘書官、岡山県警察本部長、警察庁長官官房審議官、防衛庁長官官房審議官などを歴任。1996年、衆院選に東京17区から自民党公認で出馬し初当選。以降、連続当選11回。菅義偉内閣で復興大臣、福島原発事故再生総括担当大臣を務めた。






