誤タップを誘う広告は媒体価値を下げる…読者不在の「数字」が招いたウェブメディアの停滞感と、動画・SNSへの大移動
ネット広告の市場は、今でも成長を続けている。ところが、ニュースサイトを見ていると、広告は本当に読者に届いているのかと疑問に思うことがある。
画面に貼り付いた動画広告や、閉じてもまた現れるバナー。記事を読もうとしただけなのに、広告を誤って押してしまうこともある。
広告が増えるほど、記事を読む体験は損なわれていく。それでも、広告の数字は積み上がる。ここに、今日のネット広告が抱える矛盾がある。
「AIの登場でネットメディアやネット広告は終わる」と語られることが増えてきた。検索をする代わりに人はAIと向き合う時間が増えてきたからだ。
しかし、順序は逆ではないか。記事の周辺に表示されるバナー広告は、AIが台頭するずいぶんと前から読者に見られなくなり、内側から弱っていた。広告費が動画やSNSへ移ったあとに、AIが追い打ちをかけたようにさえ見えてくる。
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「顔の見えない取引」が生んだ、数字だけの異常な空間
電通の統計によれば、2025年の日本のインターネット広告費は4兆円を超えた。数字の上では右肩上がりだが、現場の実感は違う。
日本アドバタイザーズ協会(JAA)の座談会で、日本経済新聞社の小林秀次氏は、大手メディアでも「気持ち悪いな」と感じるほど広告枠が増えているケースがあると語った。
なぜ、編集部を持つメディアまで、広告収益を優先してページを広告で埋めるようになったのか。背景には、プログラマティック広告の広がりによって、広告主と媒体社のあいだに距離が生まれたことがある。
かつては、媒体社と広告主が顔を合わせ、「この読者に、この広告を届けよう」と話し合う場面があった。いまは機械が瞬時に入札し、広告取引を自動で進める。広告主が目にするのは、クリック単価や表示回数が並んだレポートだ。
自分の広告がどんな画面に表示され、誤タップを招いているのかを把握しにくい。媒体社も、一つひとつの広告を選ぶ機会が減っていく。取引に関わる事業者が増えるほど、読者の体験に責任を持つ人が見えにくくなる。
機械が買い付けを最適化するときに見るのは、表示回数やクリック率といった数字だ。読者が広告を見ていなくても、誤って押しやすい場所に表示されていても、数字が上がれば「成績の良い広告枠」として扱われる。
読者に配慮して広告を控えたメディアは収益を落とす。こうして、見られていない広告が数字の上だけで生き延びる状況が生まれた。
広告費はウェブから「動画とSNS」へ逃げ出した
読者にとっての体験が悪くなれば、メディアから人が離れる。広告費の行き先も変わっていく。
広告市場全体は伸びていても、ニュースサイトやブログを支えてきたバナー広告の収益は縮小している。Googleの親会社アルファベットの直近の決算資料の報告によると、他社サイト向け広告の売上は2022年をピークに減少し、2025年の減収は主にAdSenseの減少によるものだった。
一方、同じ期間にYouTubeの広告売上は伸び、2023年には他社サイト向けを上回っている。FacebookやInstagramを運営するMetaの広告売上も増えていた。日本では、TikTokやInstagramのリール、YouTubeのショートのような縦型動画広告が市場の成長を押し上げたのである。
ただし、電通の統計ではディスプレープレイ広告も2025年に伸びている。この数字にはウェブサイトやアプリの広告枠が含まれ、記事の横に出る広告だけを取り出したデータはない。ネット広告全体やディスプレープレイ広告全体の成長を、そのままニュースサイトのバナー広告の回復と見ることはできない。
毎日、多くの人が自分から訪れるTVerやヤフーのようなサービスには、広告を届ける力がある。そうした場を除けば、ウェブメディアは苦しい状況に置かれている。読者は広告で埋まったページより、SNSのタイムラインを見ているほうが快適だと感じる。読者が離れ、広告主のお金も人が集まる動画やプラットフォームの内側へ移っていった。
AIは「最後の一撃」に過ぎない
弱っていたバナー広告に、さらに重なったのがAI検索の広がりだ。
Google検索にAIの要約が表示されるようになり、検索結果だけで答えを得て、記事のページを開かない人が増えている。いわゆる「ゼロクリック」問題である。
Ahrefsの調査では、2026年6月時点の日本で、AIの要約が表示される検索の場合、検索1位のページでもクリック率は予測を6割以上下回った。
読者が減れば、広告の表示回数も減る。収益を補おうと広告枠を増やせば、ページはさらに読みにくくなり、読者が離れる。AI検索は、この悪循環に追い打ちをかけている。
AIがバナー広告を最初に弱らせたわけではない。読者に届かない広告を数字の上で生かし続け、読者を遠ざけてきた。そのあとにAIが来たのだ。
広告を減らせば媒体は続けられないのか
ここで考えたいのは、広告を減らせばメディアの運営は成り立たなくなるのか、ということだ。
広告収入は、訪れる読者の数や広告の単価に左右される。始まったばかりで読者を増やしている途中の媒体にとって、広告収入だけで運営を支えるのは簡単ではない。この記事の寄稿先である「内外タイムス」も例にもれない。
だからといって、しつこい広告を増やすことが唯一の道ではない。広告の出し方を読者に配慮したものにしながら、媒体に合った収益源を探すこともできる。たとえば、記事の一部を有料にする、会員向けの記事や「袋とじ」のような限定コンテンツを設ける、読者から支援を募る。広告と読者課金を組み合わせる方法もある。
どれか一つで必ず成り立つという話ではない。媒体が読者に何を届け、何に対価を払ってもらうのかを試しながら、続けられる形を探していくことになる。
記事より広告が大きく見えたら
広告を減らせば、それだけで媒体が続けられるわけではない。記事を届け続けるには、制作や運営を支える収益が必要だ。
だからこそ、広告の量を増やして数字を作ることだけに頼らず、読者が記事を読みたいと思える体験を保ちながら、その価値をどう収益につなげるかが問われている。
記事より、誤タップを誘う広告のほうが目立つページは、読者にとっても広告主にとっても望ましい形とは言いにくい。数字を積み上げるために読者を遠ざけてしまえば、広告を届ける相手そのものがいなくなるからだ。
媒体ごとに、広告、会員向けの記事、限定コンテンツ、読者からの支援など、続けるための方法を探る必要がある。どの方法が合うかは、読者が何を求め、その媒体が何を届けられるかによって変わる。大切なのは、読者に向き合うことと、記事を作り続けるための収益を両立させることだ。
バナー広告を弱らせたのはAIではない。見られなくなった広告を、数字の上で生かし続けたことだ。その経験を踏まえ、読者に届く記事と、それを支える仕組みをどう作るか。そこに、これからのウェブメディアの課題がある。
文/佐藤崇 内外タイムス






