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セブン‐イレブン創業者、故鈴木敏文元名誉顧問のお別れの会で見えた人間的な姿 

18日、ホテルニューオータニでセブン&アイ・HD元名誉顧問で、セブン‐イレブン・ジャパンの創業者でもある今年5月18日に逝去した鈴木敏文氏のお別れの会が開催された。

午前中の式典には財界人を中心に約500人が参列し、鈴木氏を“師”と仰ぐユニクロの柳井正会長やソフトバンクの孫正義社長らが弔辞を読んだ。

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午後に一般人も献花できる催しが開かれ、筆者も一般来客として参列し、献花と黙祷(もくとう)を捧げてきた。何かと同氏には批判的な記事を書き、「でたらめな記事を書いて!」と怒鳴られたこともある筆者だが、ここは故人となった相手に哀悼の意を示すのが儀礼と考えたからである。

会場には、献花台の奥に若かりし頃の鈴木氏の姿や氏の生い立ちを紹介した、元々は社員教育用ビデオと思われる映像などが流れていた(写真撮影は許可されたが報道使用はNG)。

会場内には明らかに鈴木氏の親族と思しき人が多いのが目についた。と言うのも明らかに同氏の若かりし頃に似た人が会場内に闊歩(かっぽ)しているのが、やたらと目についたからである。

そして、間違いなく親族だとわかる女性群が彼の若かりし頃の写真を見ている筆者の側に寄って来た。

「わー!お爺ちゃん、お婆ちゃんと身長差を気にして高く見せるようにしてるー!」と言って笑うのだった。女性たちの顔をよく見ると、鈴木氏の自伝で若干顔を見たことがある孫娘やその母親(息子の妻)と見られる人々だった。

背丈にコンプレックスの「おしゃれさん」

件の会話は何を意味するかと言うと、鈴木氏は背丈にコンプレックスがあり、それ故に妻と一緒に撮影する際は、少し妻を後ろの方に立たせ、自分の背が高く見せるようにする工夫をする癖があるということが、その女性たちの会話と写真の内容から分かった。

鈴木氏のイメージと言えば、眼鏡をかけた老紳士というイメージが強い方が多いだろうが、それはあくまでセブン‐イレブン会長就任以降のイメージ。セブン‐イレブン創業期までは裸眼であり、眼鏡をかけたのはしばらくしてからで、しかも60代までは茶色のいわゆる「トンボメガネ」(高度成長期の流行)をかけていた。

会長を退任してしばらくしてからは裸眼であり、亡くなる間際などのインタビューには全て裸眼で出演している。

つまりはコンビニのファッショナブルなイメージと同じく、「おしゃれさん」だった。眼鏡は視力の問題だったのではなく、単なる伊達メガネ(晩年は老眼鏡も必要だったと思われるので)、あるいは伊達メガネ性の強い代物だったのではないかと思われる。

晩節は視力云々ではなく、公の場に出る際は「眼鏡より素顔で」ということに拘ったのだろう。

そんなことを考えながら、お孫さんらと思われる女性たちが思い出話に花を咲かせているのを見ていると、彼はヒトラーのような特異な性格の暴君だったわけでもなく、家庭ではごく凡庸なお爺ちゃんであり、父親だったのだろう。

そして、よく言えば「おしゃれさん」で、悪く言えば「見えっ張り」だった。それがコンビニの見た目に拘る店づくりや、24時間営業を強制に近い形でさせるようなことにつながったのかもしれない。

批判記事をマスコミに書かれると、発狂せんばかりに過剰反応するので有名だったが、それもそうした性格に起因していたのであり、実は非常に人間的な人だったとと思う。

元ヨーカ堂社員「鈴木さんは嫌な人じゃなかったよ」

セブン‐イレブンの創業前、いちサラリーマンであり、ヨーカ堂社員でしかなかった頃を知るヨーカ堂の元社員が、かつて筆者にこう語っていた。

「鈴木さんはセブン‐イレブンを創業する前は別に嫌な人でもなかったよ。当時、ヨーカ堂では少数派だった大卒社員でスマートなイメージだった。ヨーカ堂社長の伊藤雅俊さんは、ネチネチ、細々ものを言う人でね、そう考えると鈴木さんは普通の人でしかなかった」

だが、セブン‐イレブンを創業して軌道に乗ると、親会社だったイトーヨーカ堂に対抗する社内勢力を有するようになってから、伊藤氏とはある時期からすっかり不仲になり(鈴木氏はインタビュー等で不仲説を否定)、セブン&アイ会長を最後、伊藤氏の影響で石もて追われる結果(鈴木氏はあくまで「自発的に辞めた」と主張)となったのは有名な話である。

それを象徴するかのような会話も元セブン‐イレブン幹部と元ヨーカ堂幹部と思しき人間から耳にした。

「今日はセブン系は来ていますが、ヨーカ堂系は来てないようですね」「そうですね、でもセブンが創業できたのはヨーカ堂あってのことですから…」「いやいや…」という内容だった。

先の元ヨーカ堂社員は実は途中でセブン‐イレブンオーナーに転向した方であり、「イトーヨーカ堂の社員からセブンオーナーになるまで、セブンの社風はわからなかった」(他の元ヨーカ堂社員のオーナーも同様の証言をしている)という。

セブンオーナーになってから、有給などを全て消化できるヨーカ堂とは大違いで、長時間残業で有給もろくに取れないセブン本部社員を見て仰天したというのだが(現在の待遇は改善されている)、それはさておき、この会話は両社の溝をうかがわせる内容であり、伊藤氏と鈴木氏の不仲を改めて裏付けるような話題であった。

「鈴木さんは社内で話題にもならない」

現在のセブン‐イレブン社内で、この「お別れの会」はどのように語られたのだろうか。

現役のセブン‐イレブン社員によると、「全然話題になってませんよ。最近では鈴木さんを語る人もいませんね」と言うのである。今の役員はまだ直接、鈴木氏の薫陶を受けた人が多くいる。しかし、所詮は「面従腹背」で、惜しむらくもないということか。

財界からも追悼パンフレットに名を載せたのはSBI証券の北尾吉孝氏とキヤノンの御手洗冨士夫氏とサントリーの佐治信忠氏(政界からは高村正彦氏)の3氏のみであり、柳井氏と孫氏が弔辞を読んだりした以外は、ほとんど故人を称賛するような声がメディア等で聞こえてこない状況である。

公正取引委員会からの排除措置命令やブラック企業経営者のレッテル、加盟店オーナーらとの相次ぐ裁判、合同労組加盟社員による労働争議、(筆者の著作を含む)相次いだ暴露本の刊行…。こうした鈴木氏の「負の遺産」とまで付き合うのは真っ平ごめんだということだろうか。

ごく普通の人間でしかない彼を親族の人々の会話などから察知できたものの、日本を代表する規模にまで育ったサービス業のトップとしては、余りに寂しさの隠せない最期だった。

文/角田裕育 内外タイムス

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