AIが歌をカバーする時代がやってきた 作詞作曲者はお金が入るのに“声”の対価は…
YouTube Musicで昭和の歌謡曲を流していたら、聞いたことのないアレンジに行き当たった。歌詞もメロディーも知っているとおりなのに、後ろで鳴っているのはゆがんだギターと重いドラムである。
中国で広がるAIの悪用(第1回)月収5分の1に激減…声優の人生を狂わせた「クローン音声」
そして歌っているのが、原曲の歌手ではなかった。
聞いたことのない、若い男の声である。ヘビーメタルのバンドにいそうな歌い方で、そして異様に上手い。実在する誰かの声ではなく、AIが作った別人格の歌い手だった。
同じ手口で、演歌がボサノバに、アイドル歌謡がシティポップに移し替えられている。率直に言って、面白い。
ところが、この2026年8月7日、法務省の「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」が報告書を公表した。声はパブリシティー権の対象になりうる、という内容である。
パブリシティー権とは、氏名や肖像が持つ「商業的に顧客を引き付ける力」を独占できる権利だ。報告書はここに声も含まれるとしたうえで、侵害になりうる例としてAIカバーを名指しした。歌手の声を無断で模したAI音声によるカバー音源をSNSで公開し、収益を得た場合である。
役所が名前で呼んだ以上、次に来るのは、誰が誰にいくら払うのかという話だ。
ただし、条件が付いている。本人の声を模した場合、である。
私が聞いていたヘビーメタルの歌謡曲は、誰の声も模していない。
歌う資格は、40年かけて下りてきた
日本のカバー文化を、誰が歌っていたかで並べ直すと、きれいな下降線が引ける。
最初は、プロが歌うものだった。2005年9月の徳永英明「VOCALIST」のように、歌唱力を持つ者が他人の曲を歌う市場である。
次に、素人が歌う権利を金で買えるようになった。1971年に井上大佑が作ったカラオケ一号機「エイトジューク」以降だ。カラオケが日本に定着させたのは娯楽ではなく、「他人の曲を自分が歌ってよい」という感覚のほうである。
三段目で、素人が歌ったものを配信できるようになった。2006年末に始まったニコニコ動画で2007年ごろから「歌ってみた」が広がり、同じ2007年8月には初音ミクが発売されている。四段目がテレビで、2014年にレギュラー化した「THEカラオケ★バトル」に代表される「うたウマ」番組が、素人の歌唱そのものを主役にした。
そして五段目が、いま起きているAIカバーである。
カラオケから数えて半世紀、この流れは参加資格の切り下げだった。歌唱力が要る、金が要る、機材が要る、顔出しが要る。その条件が一段ずつ外されてきた。ボーカロイドですら、まだ人間の調整作業を必要としていた。
AIカバーで初めて、歌うという行為そのものが工程から消えた。
判定の基準は、金が誰に流れたかである
主役が交代した話だけなら、文化史で終わる。基準を立てたい。誰かが歌うたびに、原曲側に金が流れたかどうかである。
私は1999年のモバイルインターネット黎明(れいめい)期からこの業界にいる。2000年代前半に携帯で最も金を生んだ着メロは、原曲を打ち込みで作り直したもので、CD音源そのものは使っていない。だから作詞作曲の側にだけ金が回り、歌った本人には何も出なかった。2002年12月、KDDIとレーベルモバイルがCD音源を切り出す「着うた」を始めて、ようやく歌手の側に金が流れる。
カラオケも歌ってみたも同じで、JASRACや包括契約を経由して作詞作曲者に届いた。この回路があったから、日本のカバー文化は灰色にならずに巨大化できた。AIカバーも、原盤を使っていなければ同じ枠で処理できる。
ところが、五段目だけ、金の届かない相手がいる。
歌手本人である。実演家の権利は、その人が実際に行った実演について生じる。別の歌い手によるカバーには、基本的に及ばない。人間が歌う限り、この設計は理にかなっていた。
作詞作曲者は受け取り、アップロード者も受け取り、歌った本人だけが受け取らない。この半世紀で下ろしてきたのは、歌う資格だけではなかった。
90年代で止まっているのは、私だけではない
自分のYouTube Musicの画面に並んでいるのは、こういう曲だ。ZARD「揺れる想い」、DEEN「瞳そらさないで」、KAN「愛は勝つ」、松田聖子「青い珊瑚礁」、藤井フミヤ「TRUE LOVE」。ほとんどがAIカバーで、ジャケット画像もAIが描いたものである。
聞いていて気づくのは、あれだけ乱暴に着替えさせても原曲が壊れないことだ。歌謡曲は歌メロで勝負する音楽で、編曲が変わってもメロディーと言葉が残れば曲として立つ。カラオケでも素人番組でも歌ってみたでも成立してきた、何十年分もの移植テストを通った曲ばかりである。
そして、この偏りは私の趣味ではない。
2025年のJOYSOUND年間ランキング(1〜11月集計)では、10代の1位がポルノグラフィティ「サウダージ」だった。2000年の曲である。「残酷な天使のテーゼ」(1995年)は40代で3位、30代で5位。50代以上では薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃〈夢の途中〉」(1981年)が3年連続の1位だ。上位の顔ぶれは、この20年それほど動いていない。
新しい曲だけが新しいものとして聞かれる時代では、なくなったのだと思う。80、90年代や2000年代の曲が2020年代になっても現役で歌われ、AIカバーはその延長線上にある。カラオケが「自分で歌う」形でやってきたことを、「歌ってもらう」形でやっているだけだ。
曲の選ばれ方にも偏りがある。ZARDの坂井泉水は2007年5月に40歳で、KANも2023年11月に61歳で亡くなった。リストには「ZARD Male & Female Arena Live Collection ~A Tribute Concert~」という項目まであるが、こんなライブは開催されていない。
もう歌わない歌手だけは、需要が残ったまま供給が止まる。AIカバーは、その空白に流れ込んでいる。
そして、そこにいる歌手は「やめてくれ」と言えない。
本命は、誰でもない歌手のほうだ
AIカバーには二種類ある。原曲歌手の声を模したものと、冒頭のヘビーメタルのように誰の声も模していないものだ。報告書が名指ししたのは、前者である。
そして、いま流通しているのは圧倒的に後者だ。名前も顔もない、完全な別人格の歌い手が歌う。私のリストのZARDが男性と女性の両方の声で並んでいるのも、坂井泉水の再現ではなく別の歌い手だからである。
とにかく上手い。音程は外れず、声量は落ちず、高音でも痩せない。プロが生涯かけて安定させる部分を、初期値として持っている。
うたウマ番組が探し続けたのは、こういう歌い手だった。
しかも、いまの法律の整理では、こちらを止める根拠が見当たらない。少なくとも今回の報告書が問題にしているのは、特定の人物の声を模倣するケースである。誰の声も模していなければ、そこに「声を使われた本人」はいない。詞と曲は包括契約で処理でき、原盤も使っていない。
規制は危ないほうから手を付ける。故人の声を勝手に歌わせる行為は、いずれ止まるか有料になるだろう。だが誰の声も模さないほうには、止める理由が立たない。
歌唱という仕事が細っていくとき、権利を侵されたと訴え出られる人が、一人もいない。
量だけが増えて、聞かれてはいない
もっとも、AI音楽の数字そのものは派手ではない。ストリーミング事業者Deezerが2026年7月に公表したところでは、同年6月のAI生成曲の投入は1日あたり9万曲近くに達し、ピーク日には新規アップロードの半数を超えた。だがAI生成曲による再生は、同社全体のストリーム数の1〜3%にとどまる。さらに同社は、2025年にAI生成曲が生んだ再生の最大85%をbotなどによる不正と判定し、ロイヤルティーの支払い対象から外している。
生成AIが音楽に持ち込んだのは、誰も聞かないカタログの山と、水増し再生である。
カバーだけが、この弱点を回避している。すでに知られた曲を借りるからだ。ただしその集客力は、原曲と歌手が積み上げたものである。AIカバーの収益は、技術の対価ではない。他人の資産の運用益に近い。
中国では、同じ技術がもう職業を消している
日本でまだ大きな問題になっていないのは、他人の声を使っても請求書が一枚も出ないからにすぎない。
内外タイムスが報じた中国の声優、沈安宇の例がある。2022年末には月収2万元、約44万円に達していたが、2023年後半にAIによる無断複製が発覚。クライアントは相次いで契約を切り、月収は5分の1の4000元、約8万8000円になった。いまネット上にある彼の声の9割以上がクローン音声だという。複製した側は、永久利用権付き688元、約1万5000円でその声を売っていた。
ナレーターの声には、一本いくらという単価が直接付いていた。だから複製された瞬間に収入が消えた。歌手の声に単価が付くのは、原盤という物に乗ったときだけだ。原盤を使わないAIカバーでは、請求書が出る前に持ち出される。
声で食べていた人が、食べられなくなる。
日本のカバー文化は、許諾を求めない自由さの中で育った。同人音楽もMADも歌ってみたも、権利者の黙認の上に成立している。AIカバーだけ権利処理を厳格化すれば、その黙認の範囲がまとめて狭まる。故人のカバーはむしろ供養だという見方もあるだろう。
どちらも正当な指摘だが、二つとも、一円も発生しないという前提の上に乗っている。請求できないものを守るために、弁護士費用は出せない。
声にいくら払うかが、これから決まる
対抗の動きは、二方向から出ている。一つは法で、報告書は著名性の敷居を低く置いた。声優については顔や名前が知られていなくても、声そのものに販売促進の効力があればよいとしている。ただしパブリシティー権が相続されるかは、肯定説と否定説を併記したまま終わった。いちばん多く歌わされている故人の声について、結論が出ていない。
もう一つは市場だ。2025年11月14日、日本俳優連合は伊藤忠商事、伊藤忠テクノソリューションズと組み、実演家の音声を保管・管理する「J-VOX-PRO(仮称)」の立ち上げを発表した。電子透かしや声紋で不正利用を防ぎつつ、法人が所定の料金を払って、合意された用途の範囲で使う仕組みである。禁止ではなく、正規の単価を決めて売る側に回る設計だ。
故人の声が別のジャンルで鳴るのを聞きたいという欲望は、AI以前からあった。2019年のAI美空ひばりが賛否を呼んだのも、その欲望が本物だったからだ。批判は「気持ち悪い」ではなく、本人が同意していない表現を本人の声でやることへの拒否感だった。
7年を経て、その承諾をどう取るかが、ようやく役所の検討会にかかった。決まるのは禁止ではないだろう。使ってよい声と使ってはいけない声の線引きと、前者の単価である。
ただし、請求書を出せるのは誰かの声を模した場合だけだ。誰の声も模していなければ、送る相手がいない。中国のナレーターの声は688元で売られていたが、その688元さえ発生しない。
そして、これから多く歌うのは、誰にも払わなくていいAI歌手のほうだ。
文/佐藤崇 内外タイムス






