「英雄視」された脱北兵(前編)銃撃受けるも命からがら韓国へ 体内から27センチの寄生虫
2017年11月、南北の軍事境界線を越え、韓国側に命がけで亡命(韓国では帰順と呼ぶ)した北朝鮮兵士がいた。呉青成(オ・チョンソン)である。
南北の兵士が厳重な警備に当たる共同警備区域(JSA)内の北朝鮮側から軍用ジープを走らせ、韓国側の軍事境界線(MDL)を目指した呉は、北朝鮮兵から銃撃を受けた。約40発の銃弾が飛び交う中、5発が体に命中した。それでも呉は走り続け、韓国軍によって救出された。
瀕死(ひんし)の重傷を負いながら自由を求めて脱出した姿は、韓国社会に大きな衝撃と感動を与えた。日本でも大きく報じられ、一躍「JSAから帰順した兵士」として英雄視された。
しかし、彼を待っていたのは、順風満帆な人生ではなかった。韓国で期待を集めた呉は、やがてその期待から大きく外れていく。呉青成の栄光と挫折を、ソウルでの取材を交え、2回に分けて追った。
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ジープで軍事境界線へ
冷え込みが始まった11月13日、北朝鮮側から1台のジープが猛スピードで走ってきた。
ジープは北朝鮮側の検問所を突破し、軍事境界線に向かって進んだ。韓国側の監視カメラには、異変に気づいて建物の外へ飛び出し、事態を確認しようとする北朝鮮兵の姿が映っていた。
運転していたのが呉だった。
ジープは軍事境界線まであと数十メートルというところまで迫った。監視カメラには、呉がハンドルを切りながらアクセルを踏み続ける様子が映っている。しかし、そこで車輪が排水路にはまり、動けなくなった。
車を動かせないと判断した呉は、ジープを捨てて車外へ飛び出した。
身をかがめながら韓国側へ走る呉。その背後から、北朝鮮兵4人が追ってきた。
北朝鮮兵は呉に向けて銃を発射した。韓国軍の発表によれば、発射された弾丸は約40発に及んだ。銃弾は呉の体を次々と捉えた。それでも呉は走り続けた。
5発の銃弾を受けても走った
呉は途中で力尽き、地面に倒れた。銃弾は背中や肩、肘、腹部などに命中していた。
韓国軍は北朝鮮側からさらに銃撃される危険があるため、すぐには近づけなかった。やがて韓国軍兵士3人が身を低くして進み、倒れていた呉を引きずって韓国側へ運び込んだ。
この劇的な脱出の一部始終は監視カメラに記録され、韓国社会に大きな衝撃を与えた。
意識を失った呉は、韓国側の亜州大学病院へ搬送された。待ち受けていたのは、韓国の重症外傷治療で知られる李国鐘(イ・グクジョン)教授らの医療チームだった。
手術室に運び込まれた呉は、極めて危険な状態にあった。大量の出血が続き、銃撃による多発外傷を負っていた。医療チームはただちに手術を開始した。
消化管から出てきた寄生虫
そこで医師たちが目にしたものが、社会をさらに驚かせることになる。
損傷した消化管から、数十匹に及ぶ寄生虫が見つかったのである。最も長いものは約27センチにも達していた。
李教授は、手術で確認された寄生虫などについて、北朝鮮の兵士が置かれている衛生・栄養状態をうかがわせるものだと説明した。
さらに呉には、銃撃による多発外傷だけでなく、結核やB型肝炎などの健康上の問題も確認された。
瀕死の状態で運び込まれた呉だったが、医療チームによる懸命の治療によって、やがて危機を脱していく。
意識戻り「税金もたくさん納めたい」
数日後、呉は意識を取り戻した。自分がどこにいるのかも、すぐには分からなかったという。
やがて医療関係者から、自分が韓国にいることを知らされた。北朝鮮から追われ、銃弾を受けながら軍事境界線を越えた呉にとって、それは命が助かったことを初めて実感する瞬間だった。
回復するにつれて、呉は韓国の音楽やテレビ番組に関心を示すようになった。
回復後、呉は自分を救ってくれた韓国社会への感謝を口にした。
韓国の人々や在韓米軍への感謝も表明し、「今後は献血もしたいし、税金もたくさん納めたい」といった趣旨の発言もした。
命を懸けて北朝鮮を脱出し、韓国軍に救われ、最新の医療によって一命を取り留めた青年。
その劇的な物語は、韓国社会で大きな共感を呼び、巨額な寄付も寄せられた。
呉青成は、まさに「自由を求めて命を懸けた脱北者」として注目されるようになったのである。
韓国社会が彼に寄せた期待は、次第に大きくなっていった。しかし呉の人生は、やがて思わぬ方向へと進んでいった。
文/五味洋治 内外タイムス






