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中国でマラソンブーム急拡大 不正してでも完走するための「私兎」が引っ張りだこの理由

マラソン大会で完走するために、数十万円を払って専属の伴走者を雇う。しかも、その伴走者には風よけから給水、フォーム指導、マッサージ、さらには緊急時の救命処置まで求められる。

中国では、こうした伴走者を「私兎」と呼ぶ。なかには、本人を背負って走ってほしい、3人の私兎に囲まれてゴールまで運んでほしいという依頼まであるという。

いったい何のためにそこまでするのか。実は、ここからは中国で急速に拡大するマラソンブームと、その背後にある独特の競争社会が見えてくる。

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600万人が参加する巨大産業

中国のマラソンブームは、日本とは規模が違う。

統計によれば、2023年には参加者800人以上の大会が699大会開催され、延べ605万1900人が参加した。ピークだった2019年には1800大会を超えている。

秋の週末ともなれば、全国で30大会前後が同時開催され、約40万人が走ることもある。2025年の経済効果は500億元(約1兆円)規模との試算もあり、スポーツの枠を超えた巨大産業となっている。

参加者の中心は35〜49歳。企業管理職や公務員など、比較的所得の高い中産階級が主力だという。健康増進だけでなく、装備や記録、大会への参加そのものが一種のステータスになっているのだ。

出走権は宝くじ、数千元で転売も

人気大会では、出走権を手に入れること自体が難しい。2025年の無錫マラソンでは、約42万9000人の応募に対して定員は3万5000人。抽選倍率は約12倍で、当選率はわずか8.2%だった。上海マラソンも当選率は7.2%という狭き門である。

こうした状況を背景に、出走権の転売も横行している。ネット上では数千元で取引されるケースがあり、北京マラソンの運営側が公式に警告を出す事態にまでなった。違反者には生涯出場停止を科す可能性も示されている。

さらに深刻なのが、他人のゼッケンを使った替え玉出走だ。途中からバスに乗って距離を稼いだり、複数人でゼッケンを引き継いだりする不正まで報告されている。

ここまで来ると、もはや自分の足で走ることより、完走という結果を手に入れることが目的になっているようにも見える。

風よけ、給水、フォーム指導からレース後のマッサージまで

そんな中国のマラソン界で注目されるのが「私兎」である。

大会公式のペーサーが「官兎」と呼ばれるのに対し、個人契約で雇われる伴走者が「私兎」だ。

彼らの仕事は単に隣を走ることではない。風よけとなって走りやすい環境を作り、給水や補給を手渡し、フォームを指導する。レース後にはマッサージを行い、緊急時には救命処置まで担う。

料金は基本プランで1999元から。サービス内容によっては1万元を超えるVIPプランもあり、熟練者のなかには月収4万元を超える者もいるという。

利用客の中心は40代の経営者層だ。中には最新のカメラを用意し、走っている姿を撮影させる人もいる。

さらに驚くのは、本人を背負って走ってほしい、3人で囲んで押すように走ってほしいという依頼まで実際にあったことだ。その目的は、SNSに投稿するための完走証明だったという。

もちろん、すべての利用者がそうした動機でサービスを使っているわけではない。しかし、完走という結果を手に入れるために、ここまでのサービスが成立すること自体が興味深い。

ベルリンマラソンで自転車に乗って“完走”

そんな中国のマラソン事情があらわになったのが2026年9月に話題になった、ベルリンマラソンでの不正である。ある中国人インフルエンサーがベルリンマラソンで、レース途中に自転車に乗って不正完走していたことが、海外メディアによって暴露されたのだ。

レース後、この女性インフルエンサーは悪びれる様子もなく、ベルリンマラソンで自己ベストを更新したという投稿をSNSにアップした。

しかし、公開されたスプリットタイムを見ると、35〜40キロ区間でペースが突如1キロあたり6分10秒とレース全体で最速に急上昇しており、これが中国のランニング界隈(かいわい)で追及され、最終的に本人が謝罪文を投稿するてん末となった。

この背景にあるのが、中国社会に存在する他人と張り合い、優劣を競う文化である。

完走タイムや参加大会、身につけるランニング用品までがSNSで共有され、互いの成果を比較する。マラソンは健康のための運動であると同時に、自分の経済力や生活水準を示す舞台にもなっているのだ。

ただし、急速な拡大には影もある。

2021年5月、甘粛省で開催された100キロのトレイルランニング大会では、悪天候によって21人が死亡する大惨事が発生した。事前の気象情報を把握しながら十分な安全対策を取らず、防寒装備や医療体制も不十分だったことが事後調査で明らかになっている。

また、他人のゼッケンで出走したランナーが死亡し、遺族が主催者らに損害賠償を求めた裁判も起きている。大会の人気や経済効果が膨らむ一方で、安全管理や運営体制が追いついていない問題もある。

完走記録が社会的評価に

日本の市民ランナーにとって、マラソンは健康維持や趣味、休日の楽しみという側面が強い。一方、中国では大会への参加そのものが希少な価値となり、完走記録や装備が社会的な評価と結びついている。

もちろん、中国にも純粋に走ることを楽しむランナーは大勢いる。だが、私兎という商売が成立し、出走権が高値で取引される現象は、スポーツの世界にまで広がる競争と格付けの構造を象徴しているように思える。

中国マラソン界の熱狂には、豊かになった中産階級の消費欲求と、他人との比較を通じて自分の価値を確かめようとする社会の姿が、42.195キロのコースに映し出されているのである。

文/下川英馬 内外タイムス

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