世界の科学、研究テーマの影響力が一部の国に集中 アリゾナ大が約2億4000万件を分析
世界の科学研究で、何が重要なテーマとみなされるかを方向づける力が、一部の国に偏っている可能性がある。米アリゾナ大学のチャールズ・J・ゴメス氏は、1990年から2023年までに発表された約2億4000万件の学術文献データを分析し、国ごとの科学的影響力がどのように広がっているかを調べた。研究成果は2026年6月22日付で国際学術誌「Nature Human Behaviour」に掲載された(https://doi.org/10.1038/s41562-026-02489-2)。科学は国境を越えて発展してきたとされるが、世界の研究課題は本当に多様な視点から形づくられているのか。
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研究で区別したのは、2種類の影響力だ。一つは、論文が引用されることで示される「引用上の影響力」。ある研究が後続研究に引用されれば、その研究が知識の土台として認められたことを示す。
もう一つは、研究テーマや概念が後続研究に引き継がれることで示される「言説上の影響力」だ。今回の研究では、ある論文のタイトルや抄録に含まれる語句が、その論文を引用する後続論文のタイトルや抄録にも現れた場合、その語句や概念が研究の焦点として受け継がれたとみなした。これは、どの概念や研究テーマが後の科学の中心的な関心になったかをとらえる指標といえる。
ゴメス氏は、学術文献データベースOpenAlexから、論文のタイトルや抄録、引用、著者の所属国などを抽出した。英語のタイトル・抄録を対象に、複数の手法で研究テーマを表す語句を取り出し、1990年以降に現れた1万46語句を分析した。これらの語句は56万7258本の論文に現れ、213カ国に由来していた。10年後までの引用を追跡する方法を用いたため、主要な時系列分析は1990年から2013年までを対象にしている。
引用だけでは見えない「議題設定」
分析の結果、引用上の影響力と言説上の影響力は、全体として強く関連していた。引用される国の研究は、研究テーマや概念の面でも影響を持ちやすいということだ。
しかし詳しく見ると、影響力の偏りは強まっていた。米国、中国、西欧諸国、日本や韓国などの東アジアを含む、研究資源の豊かな「中核国」は、引用上の影響力と言説上の影響力の両方で中心性を高めていた。一方、研究資源が比較的少なく、世界の科学的議論で周辺に置かれやすい国々の影響力は、相対的に低い位置にとどまっていた。
特に問題とされたのは、言説上の影響力が中核国どうしの間で強まっていた点だ。引用されるだけでなく、どのテーマ、概念、方法論が「研究する価値のあるもの」とされるかを、中核国が互いに方向づける構造が強まっている可能性がある。
引用は、過去の研究を認める行為である。一方、タイトルや抄録に現れる概念は、現在の研究が何を中心課題としているかを示す。言説上の影響力が偏れば、世界の研究課題そのものが一部の国の関心に寄っていく恐れがある。
研究ではさらに、各国の研究テーマが時間とともにどの国の過去の研究テーマに似ていくかも調べた。その結果、周辺国の研究テーマは、中核国の過去の研究テーマに近づく傾向が強まっていた。一方、中核国の研究テーマは、周辺国の研究テーマには近づいていなかった。中核国どうしの研究テーマも、互いに似ていく傾向がみられた。
これは、世界の科学研究が多極的に広がるというより、影響力の強い国々の間で主流の議題が固まり、その外側の国々がその議題に合わせていく構図を示している可能性がある。国際誌に論文を出すには、国際的に評価されやすいテーマを選ぶ必要がある場合もある。研究資金、英語論文、査読、大学ランキングなど、国際的な研究制度そのものが、特定のテーマを選ばせる圧力になっている可能性もある。
この研究には限界もある。分析はOpenAlexに収録された文献に基づき、英語のタイトル・抄録を中心にしている。非英語圏の国内誌や、地域に根ざした研究、英語で発信されにくい知の蓄積は十分に反映されていない可能性がある。研究チームも、非英語の語句を分析に含めるには翻訳が必要になり、それ自体が新たな偏りを生む恐れがあるとしている。
この点自体が、今回の研究の問題提起と重なる。世界の科学の偏りを調べる研究であっても、分析できるのは主に、英語で国際的なデータベースに載った研究である。つまり、国際的に可視化された科学の中でどの国が影響力を持つかは測れる一方、そもそも英語圏の国際出版システムに載りにくい研究や、地域社会に向けた研究は見えにくい。日本語で蓄積された研究や国内向けの問題設定も、国際的な引用や英語抄録の分析では過小評価される可能性がある。
それでも、科学の影響力を「引用されること」だけでなく、「研究テーマを方向づけること」として測った意義は大きい。今回の研究は、世界の科学が本当にグローバルなのかを問い直すと同時に、何を「世界の科学」として数えるのかという問題も浮かび上がらせる。一部の国や研究機関が議題設定を独占すれば、地域ごとの課題や異なる発想が主流の議論に入りにくくなる。英語で国際発信することの重要性が高まる一方で、英語圏の指標だけでは測れない知の価値をどう扱うかも問われている。
文/吉田光男 内外タイムス






