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【福田淳の対談闊歩】乙武洋匡(第3回)生まれた瞬間が人生最大の困難だった 今は唯一無二のこの上ない人生になっている

次のステージは政治の世界へ挑戦だ。圧倒的な知名度を誇る乙武氏だが、国政選挙に出馬してもスキャンダルのダメージが大きいからか、認められない結果が続く。今が雌伏の時と次のタイミングに向けて準備を進める。そんな中、子どもほど離れたクリエーターとともに、海外向けショート動画を制作。新たな気付きがあったという。

【福田淳の対談闊歩】乙武洋匡(第2回)スキャンダル後、暇なときに話がきた「義足プロジェクト」 政治によって境遇の有利、不利をなくしたい から続く

福田 これまでいろいろチャレンジした中で、政治活動というのはチャレンジの一言ではすまされない領域では?

乙武 そうですね。さっきもお話したスキャンダルがあった人間が、政治という一番向いていない世界にチャレンジする。いろいろ困難というか。

福田 でも絶対に成功してほしいですね。僕は、社会って徐々にではなくて、あるとき一気に変わる感覚を持っているんです。実際、手応えとして空気感は変わってきましたか?

乙武 正直、まだこの2年ぐらいはむしろ逆風の中にいる気がして。

福田 そうなんだ。

乙武 国の経済が傾いていくと、みんな生活が苦しくなり、自分がたたける存在という人を欲するんですよ。今の日本を見ていると、みんな苦しい。本来、ずっと苦しかった人たちが何かの制度で救われようとするのを見てしまうと、「俺たちだって苦しいのになんだ」ってなる。

福田 そういう論調は、X上であるかもしれませんね。

乙武 福田さんがおっしゃっていたような、社会は徐々に変わるというより、パッと変わると僕も思います。よく我々は「政策の窓が開くタイミングがある」って言い方をするんですね。ある日、パカっと窓が開く日があるので、その瞬間にきちんと「この政策をお願いします」って投げ込めるように、準備しておくことが大事。でも、今はちょっと我慢の時期かな。

福田 ノンフィクションで自らを語ってきた乙武さんが、近年は「作家乙武さん」として家族とは何かを小説で問いかけています。今、小説というフィクションをなぜ取り扱おうとしたんですか?

乙武 先ほど話した小学校の教員を3年契約でやって、本当にかけがえのない体験をさせていただいた。これは形に残したいと本を書こうと思ったんです。担任だった23人の子どもたちと、保護者の皆様とは今でもお付き合いはあるし、素晴らしい財産だと思っています。でも、学校の方針とぶつかり、腹落ちしない結末になったことっていうのもいっぱいあったんですよ。

福田 たぶん毎日が事件の連続でしょうね。学校でたくさんの児童といたら。

日本人は乙武さんに慣れ過ぎてしまっている

乙武 もちろん、ドキュメンタリーという形で生のまま出すという方法もありました。ただ、僕自身のこのポジティブさ、キャラクターというものを生かして、読んで後味の良い、快活なものであった方がより多くの読者に届きやすいのかなと。そんな経緯で初めてチャレンジしたら多くの方に読んでいただいて、映画化もされて。

福田 すごい展開ですね。エネルギーがあって、才能もあるということでしょうね。

乙武 東宝さんから映画化したいっていうオファーをいただいたときに、「乙武さん、一つだけ条件があるんです」って。「乙武さんをモデルにした映画なんですけど、世の中に手足のない俳優っていないので、乙武さん役を乙武さんにお願いしたいんです」と頼まれまして。僕は「いや、演技とかやったことないんですけど」って言いました。

福田 でも、仕事の幅が広がるのでは?

乙武 ありがたいことに、チャレンジさせていただきました。今だったらAIでできちゃうかも。

福田 今、これをやろうっていうチャレンジはありますか?

乙武 エンタメという面では、福田さんが一番食いついてくれるお話かもしれない。去年の1月ぐらいに、若い子たちが「乙武さんのショート動画を作らせてください」って言ってきたんですよ。

福田 面白いですね。

乙武 「いいですけど、何で?」って聞いたんですね。すると「正直、日本人は乙武さんに慣れ過ぎてしまっているんです。五体不満足を出した人、不倫でたたかれた人、政治活動をやっている人で。そういう情報を一切知らない外国人に向けて、ショート動画を作りたい」って。「あなたの四肢がないのにやたらポジティブというのは、我々日本人は28年前に書籍という形で受け取りましたが、今の時代はショート動画で同じ衝撃を外国人に与えられるんです」と言われて。

福田 その時々のメディアでやりたいと。面白いですね。

乙武 やっぱり半信半疑なわけですよ。でも、若い子の感性を信じてみようと思って。去年の4月にアカウントができて、あれよあれよという間に。今一番再生されている動画が1億5千万回。

22歳の若者のもとでショート動画を制作。「自我を引っぺがす」がテーマ

福田 なんと。未見でございました。じゃあこれはちょっと案内も載せてもらって。

乙武 漢字で「乙武」って検索しても一切出てこないんですよ。「AmazingOTO(amazing.oto)」というアカウントで、日本人にはあまり見られていないんですよ。

福田 若者の依頼にも威張らずに面白いと思える感性。他にはなかなかいないのでは?

乙武 そのプロジェクトで、私のテーマが「自我を引っぺがす」ということなんですね。これまでは、自分をこう見せたいという思いが強かった。でも、それらを全部取っ払って、この乙武洋匡という素材を使って、若い子が面白いことをやってくれるならそれでいいやと。だから正直、やりたくないことも多いんですよ。踊れとか左右に揺れろとか。恥ずかしいんですよ。

福田 そうですよね。でも演技もやっているからやらないと。

乙武 ここまで来たらしょうがないと。今、22歳の男の子の指示で動いているんですけど、結果が出ているんですね。僕は今年で50歳になったんですけど、ここからは、自分があれやりたいこれやりたいっていうのは…。さすがに政治はこだわりますが、クリエーターだったり、経営者の方だったり、文化人の方に「乙武」というIPを使って、誰が面白いことができるのかを見てみたい。そういう方々に振っていった方がいいかもしれない。

福田 僕も同じです。コントロールフリークだったんですけど、ある時点を超えたら、すべて自分ではできない。だからある程度、人に委ねて、任せる。すると世界が広がりますよね。年を取るのって僕は悪くないなって思っているんですよ。

乙武 最近、それを感じています。僕が中堅世代くらいまでは、「任せよう」と思っても任せる相手が少し下の世代ぐらいだったんで、どうしても口を挟みたくなってしまう。でも、今やってくれている子が22歳、ほぼ息子ですから。

福田 半分以下だ。

乙武 だから、ごちゃごちゃ言っても仕方がない。いいや、任せようって。振り切れすぎて面白いですよ。

自分に与えられたものを武器にして活躍している。どう使うかは自由

福田 今日は人生の最初から順番にお聞きできて、本当によかったです。これだけいろいろチャレンジしている方はなかなかいないですね。

乙武 ありがとうございます。

福田 応援します。ここから編集部の質問です。どうぞ。

編集部 乙武さんのこれまでを振り返ったとき、人生の困難、つらい問題といった「ハードシングス」は何でしたか? また、具体的にそれをどう乗り越えましたか?

乙武 生まれた瞬間じゃないですかね、一般的に見れば。ただ、それは見方にもよるのかなとも思っていて。僕が五体不満足で世に出てから28年が経つんですけど、これまでよく言われてきたことが「障害を売り物にしやがって」なんです。僕は何がダメなんだろうと思っていて。

例えば、背の高い人は、それを生かしてモデルさんになったり、バレーボールの選手になったりする。ただ別に背が高いだけでなれるわけじゃなくて、自分で努力して美を磨いたり、地獄のような練習に耐えたりしてバレーボール選手になっている。

僕は別に手足がないだけでこの仕事をしているわけではなくて、自分で言うのも口幅ったいですが、努力をしてメディアに出続けているんですね。自分に与えられたものを武器にして活躍しているということです。たまたま障害というものに対して、人はマイナスというレッテルを貼ってきただけで、それをどう使うかは自分の自由だと思っているんです。

ハードシングスっていうのは、恐らく起こっている事象の話であって、それをハードと捉えるか、ポジティブにラッキーな武器を拾えたと思うかは、人それぞれ。僕はたぶん生まれた瞬間が一般的に見れば一番のハードシングスだったと思うんですが、僕の人生はこの上なく唯一無二、楽しいものになっているので、結果ラッキーだったかなと。

福田 もう自分がやるべきタスクをただ淡々とこなすだけですよ。結果、それが困難を乗り越えることにつながっていく。ことさら苦労話をしたってしょうがない。ハードシングスって、人が自分を客観的に見たとき、そう思うってだけなんでしょうね。

乙武 本当にそう思います。

《プロフィール》
乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)1976年生まれ。東京都出身。作家、タレント、政治活動家、YouTuber。政治団体「ファーストの会」副代表。2000年早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に出版した「五体不満足」(講談社)がベストセラーに。大学卒業後はスポーツライターとして活躍。東京都杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年に東京都教育委員に就任。2022年参議院議員選挙、2024年衆議院議員補欠選挙に立候補するがいずれも落選。教員時代の経験をもとに執筆した初の小説「だいじょうぶ3組」(講談社)は映画化され、自身も出演。

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