【あの時、何が】弘中惇一郎弁護士(第2回)「検察は抗告禁止以外にもっとやるべきことはある」村木事件冤罪の真相からロス疑惑三浦和義死亡推理まで
元厚生労働省事務次官・村木厚子氏の冤罪を証明し、無罪を勝ち取った弘中惇一郎弁護士。検察が構造的に冤罪を作り出してしまう仕組みや数々の問題点、そして近年注目されている「再審における検察官の抗告(不服申し立て)禁止」をめぐる動きについても語ってもらった。なぜ、検察は無罪の人を有罪に仕立て上げてしまうのだろうか。
【あの時、何が】弘中惇一郎弁護士(第1回)日産自動車元会長カルロス・ゴーン氏が逃亡していなければ勝っていた、人質司法の問題点と有罪率99.9%の絶望とはから続く
「絶対に毎日、接見に行く」と交わした約束
――村木厚子さんの「郵便不正事件」の弁護を引き受けることになった経緯を教えてください。
弘中 当時、厚生労働省で村木さんと近い立場にいた方が、別件の贈収賄の疑いで取り調べを受けていたケースがありました。その際、東京と大阪にまたがる事件だったため、大阪の弁護士から「東京側の弁護を手伝ってくれないか」と声をかけられ、共同で弁護を担当したのです。その後、その関係者を通じて村木さんから「弁護をお願いしたい」と連絡をいただきました。関係者の多くが東京にいたため、自然とそのような流れになりました。
――当時、他の関係者たちが次々と自白し、「ほぼ黒(有罪)だろう」と報道される中で、村木さん自身も相当精神的に弱っていたと思います。どのようなアドバイスをされたのですか。
弘中 私は彼女が逮捕される前に面会し、じっくりと話を聴きました。その段階で「これは間違いなく無罪だ、彼女はやっていない」と確信を持ちました。そこで彼女には、「もし逮捕されるようなことがあっても、私たちは毎日必ず東京から大阪の拘置所まで接見(面会)に行きます。だから、何か困ったことや揺さぶりがあったら、すぐに弁護士に相談してください。『弁護士に相談してからでなければ調書には応じません』という姿勢で頑張ってください」と伝えました。そして有言実行の通り、本当に毎日、東京から大阪まで面会に通い続けました。
――この事件では、検察官が証拠であるフロッピーディスクのデータを改ざんしていたことが発覚し、冤罪が明るみに出ました。あの決定的な証拠の発見には、弘中先生も関与されていたのですか。
弘中 検察側が組み立てたストーリーは、「村木さんが部下の係長に偽の証明書作成を指示し、それを受けた係長が『6月上旬』に書類を作成した」というもので、その内容ですべての調書が作られていました。ところが、開示された検察側の証拠を精査すると、フロッピーディスクのプロパティでは、係長が問題の証明書を作成した日付が「5月31日の夜中」になっていたのです。「6月上旬に指示されたもの」を、「5月31日」に作成できるわけがありませんよね。完全にストーリーの辻褄(つじつま)が合わないわけです。

実は、この矛盾を最初に見つけたのは村木さん本人でした。証拠のデータをすべて彼女に渡し、「時間はたっぷりあるのだから、ご自身の記憶と照らし合わせながら、丁寧にすべて目を通してください」と伝えておいたのです。これを見つけた時は、検察側の大失態だと確信し、「これで勝てる」と思いました。
ただ、勝因はそれだけではありません。検察側は「障害者団体『凛の会』の人間が石井一参議院議員(当時)の事務所を訪問して割引制度の適用についての口利きを依頼し、石井議員は即座に電話を掛けて村木さんの上司に指示をして、その結果村木さんが部下に作成を指示した」というストーリーを描いていました。しかし、当時の石井議員のスケジュール帳を見せてもらったところ、石井議員はその日はゴルフ場に行っていたことが判明したのです。ゴルフ場であれば、本人のサインも残りますし、クレジットカードの決済履歴という動かぬ証拠もある。これで検察側のストーリーは完全に崩壊しました。
ロス疑惑・三浦和義氏に殺害動機がない理由

――続いて、大事件である「ロス疑惑」の三浦和義さんについて伺います。先生は著書でも「彼は無罪だ」と強く主張されていますが、改めてその理由を教えていただけますか。
弘中 理由は大きく3つあります。1つ目は、彼にはそもそもお金(保険金目的の殺害動機)が必要なかったという点です。実際に彼が手にした保険金は、贅沢(ぜいたく)に使うこともなく、そのまま手をつけず、後日、ロス疑惑報道によって事業を辞めざるを得なくなった段階で、法的な義務はなかったのに、取引先に迷惑を掛けたくないとして、すべてお渡しするということで使ったのです。
2つ目は、彼は女性関係が派手ではありましたが、妻の一美さんとの間にトラブルは一切なかったという点です。一美さんを殺害する動機がどこにも見当たりません。
3つ目は、検察の筋書きに対する疑問です。検察は「三浦が周囲の疑いをそらすために、共犯者に自分の太ももを撃たせた」と主張しました。しかし、銃で太ももの腹部のすぐ近くの場所を撃たせるなどすれば、一歩間違えれば重大な後遺症が残る、命を落とす危険さえあります。もし疑いを晴らしたいだけなら、他にいくらでも安全なアリバイ工作ができるはずです。わざわざ死ぬ危険さえあり、激痛を伴う方法を選ぶ合理性がありません。
莫大なアメリカの弁護士費用という「絶望」
――三浦さんはその後、別の容疑でサイパンで身柄を拘束され、ロサンゼルスの留置所で亡くなりました。自殺と発表されましたが、先生はどのような理由があったと考えますか。
弘中 自殺か他殺かということ自体に今なお論争があるため断定はできませんが、私は自殺の可能性も十分にあると考えています。ただし、それは「自分の犯行が暴かれるのを恐れて」という理由ではありません。当時、アメリカ側から新しい証拠は何一つ提示されておらず、裁判の行方については絶望する理由は何もなかったのです。

私が思うに、彼は「弁護士費用」の問題に苦悩したのではないでしょうか。アメリカの裁判における弁護士費用は信じられないほど高額です。裁判が本格的に始まる前の段階だけで、すでに何千万円というお金を支払っていました。そのため、日本の家族が借金を重ねて工面していました。この先、先ほども言った「タイムチャージ」で一体いくらまで膨れ上がるか分からないという現実に、精神的に追い詰められたのではないかと思います。自殺というのは、苦悩の末に突発的に起きてしまうものです。
袴田事件が証明した「証拠隠蔽」の恐ろしさ
――検察の問題点についてさらに伺います。現在、再審(裁判のやり直し)において「検察官による抗告(上訴)を原則禁止すべきだ」という法改正の議論が活発に行われています。これについて、弘中先生が特に訴えたいことは何ですか。

弘中 検察官の抗告禁止はもちろん必要な改革ですが、それ以上に重要なのは「弁護側への徹底的な証拠開示の義務化」です。「袴田事件」や「福井女子中学生殺人事件」の再審無罪や検察の抗告棄却も、元をたどれば、検察側が長年隠し持っていた証拠が、後になってようやく開示されたことで勝ち取れたものです。検察は国家の強大な権力を使って、事件に関するあらゆる証拠を根こそぎ集めます。しかし、その中から「自分たち(有罪の立証)に都合の悪い証拠」は一切表に出そうとしません。これこそが最大の構造的問題です。
――法務省の中にも、こうした改革に対して抵抗する動きが見られますね。
弘中 法務省という組織は、財務省や厚生労働省など他の官庁とは決定的に異なる特徴があります。それは、組織の要職(局長など)を現役の検事(検察官)たちが牛耳っているという点です。法務省の実質的な中身は「検察の出先機関」のような状態になっています。そうなれば当然、検察の利益やメンツを最優先し、検察に忖度(そんたく)する組織になってしまうのは避けられません。
何十万通のメールを「1枚ずつ手作業で探せ」
――「人質司法」や「証拠隠蔽」のほかに、検察の抱える問題点はありますか。
弘中 再審事件に限らず、通常の刑事事件でも検察はとにかく証拠を開示してくれません。例えば、私が1審を担当していた角川歴彦氏(KADOKAWA元会長)の事件では、検察側は何十万通という膨大な量のメールを押収しています。
その中には当然、こちら(弁護側)の無実を証明する有利なメールが含まれているはずですから、「見せてほしい」と要求します。すると検察は、「どのメールが見たいのか、具体的に指定しろ」と言ってくるのです。中身を見せてもらってもいないのに、ピンポイントで指定できるわけがありません。
通常であれば、データをすべてコピーして弁護側に渡し、こちらが検索機能を使って必要なものをピックアップするのが当たり前です。しかし検察は、「検察庁の庁舎まで足を運び、検察事務官の目の前で、一枚ずつ手作業でめくって探せ」と言ってくる。嫌がらせとしか思えない不条理な対応をするわけです。
もう一つの大きな問題は、検察側の証人に対する「過剰なシナリオ教育」です。裁判で3時間尋問を行うために、その10倍、20倍もの時間をかけて証人を検察庁に呼び出し、「こう証言しろ」「ああ言え」と徹底的に教え込みます。
その結果、証人自身も「自分の本当の記憶」なのか、「検察官に何度も言われるうちに、そうだったかもしれないと思い込まされたこと」なのか、区別がつかなくなってしまうのです。要するに、検察の根底には「何としても無罪を出したくない」「一度起訴した以上、無罪になることは絶対に許さない」という、組織のメンツをかけた強固なスタンスがあるのです。

(第3回に続く)
《プロフィール》
弘中惇一郎(ひろなか・じゅんいちろう)1945年山口県生まれ。東京大学法学部卒業後、1970年弁護士登録。クロロキン、クロマイ各薬害事件、ロス疑惑事件、薬害エイズ事件、郵便不正事件、陸山会事件など数々の事件を無罪に導く。通称「無罪請負人」。カルロス・ゴーン氏の弁護人もつとめた。





