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森友事件から10年(第1回)発掘者・木村真氏が語る「巨大なドミノの最初の一枚が倒れた瞬間」

近年、憲政史上最長の政権を揺るがした「森友学園問題」は映画化やドラマ化され、メディアの寵児となった特定の女性記者が「単身で巨悪を暴いたヒロイン」のように語られることが多い。だが、世間が消費するドラマチックな演出の裏側で、現実は常に地味な作業と地道な活動の連続だった。

今回、筆者は古くからの友人である豊中市議会議員・木村真氏と机を挟み、木村氏の事務所で話を聞いた後、久々に2人で定食屋の昼食を食べながら、当時のこと、および現在のメディアの狂騒曲についてじっくりと本音の答え合わせをしてきた。  

世間が崇めるその「ヒロイン」は、木村氏の記憶では、大阪・豊中市内の事務所に直接取材に来たことは一度もなく、大勢の記者が詰めかける中で「一対一でしゃべった記憶はない。たくさんいた記者の1人」だったという。

そんな薄い関係性とは裏腹に、筆者のおごりで2人で飯を食いながら本音を語り合える仲だからこそ引き出せた、森友問題の本当の「ゼロの瞬間」を一問一答形式でありのままに記録する。(内外タイムス・角田裕育)

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始まりはYouTubeにアップされた「教育勅語の暗唱」

――森友学園の動きが「おかしい」と最初に気付いたのは、いつ、どんなきっかけだったんですか?

木村真氏(以下、木村) もともと、森友学園がやっとる「塚本幼稚園」(大阪市淀川区)が、園児に教育勅語を暗唱させてるっていうのは一部で有名やったんや。「こんな素晴らしい愛国教育をやってます!」言うて、彼ら自身がバンバンYouTubeに動画をアップしとるからね。それを見て、私は「これはちょっと異常な幼稚園があるな」と戦慄を覚えとってん。

そしたらある時、私の地元である豊中市に、その森友学園が新しく小学校(瑞穂の國記念小學院)を作るという話が入ってきてん。これを知った瞬間、「こんな思想の学校を公的に作らせたら絶対にアカン。何としてでもつぶしてやろう」と直感的に思ったんや。

――つぶすための糸口を見つけるために、まずは何から手を付けたのですか?

木村 何か金の問題とか、許認可の手続きをめぐる不正とか、突破口になる弱点がないかなと思って、まずは基本中の基本である土地の登記簿を調べたんや。ほんなら、学校の建設予定地が国の所有地(表記としては運輸省、現・国土交通省)になっていたんや。国がこんなカルト的な思想を持つ私学に土地を売ったり貸したりしているのはおかしいと思って、すぐに近畿財務局に問い合わせの電話を入れたんや。

――近畿財務局の対応はどうでしたか?

木村 まあ、役所の壁は厚いですよ。電話口では「賃借契約書は見せられません」の一点張りで、何一つ具体的な情報を開示しようとせえへん。そこで、電話じゃ埒(らち)が明かないから、法的な手続きに則って「情報公開請求」をかけたんです。これが、巨大なドミノの最初の一枚が倒れた瞬間でした。

――送られてきた開示書類を見て、どう思われましたか?

木村 役所から書類が届いて封を開けたら、我が目を疑いましたよ。一番肝心なはずの「土地の売却金額」や「貸付合意書」の重要な項目が、見事なまでに真っ黒に塗りつぶされとったんです。

金額が黒塗りで隠されているのを見て、「これは絶対に裏で何かやってるな」と確信しました。それに、その時点で調べを進めるうちに、安倍晋三首相(当時)の妻である安倍昭恵氏が、この小学校の名誉校長に就任していることも分かっていた。役所がここまでして金額を隠す理由は、その背後にある巨大な政治の影、官邸への忖度(そんたく)以外にあり得へん、と。

――そこから、どのように運動を広げていったのですか?

木村 一人で抱え込むのは限界があると思ったので、関西一円の様々な市民グループや活動家の人たちに声を掛けたんや。書類のコピーを見せて「これはただ事やない、一緒にやろう」と。そしたらみんな「やろう!」と熱くなってくれてね。改めて売買契約書の全面公開を求める運動を立ち上げて、豊中市内の住宅街へ、森友問題の疑惑を訴えるポスティングのビラを自ら配り歩いたんや。それが、2016年のことやね。

既存メディアの冷淡な初動と、放置された1カ月

――そのビラ配りや市民運動の段階では、テレビや新聞などの大手メディアは動いていなかったんですか?

木村 全然動いてないですね。世間はマスコミが正義感に駆られてこの問題を自ら暴いたと思っているかもしれないけれど、最初は完全に無視やった。

俺たちはまず、反権力や社会問題を扱うことで知られる「週刊金曜日」や「日刊ゲンダイ」といった、比較的フットワークが軽いはずのメディアに詳細な情報を通報したんや。ところが、リアクションは皆無。実に1カ月近くもの間、情報は完全に放置されたままやった。これが2016年の10月ごろのことやね。

――メディアだけでなく、政治の側へのアプローチもされたんですよね。

木村 はい。知り合いの人が国会でロビー活動をする機会があったので、野党の国会議員たちにもこの疑惑をまとめたビラを配布してもろてん。でも、国会のセンセイ方も当時は誰も食いついてくれなかった。「地方の小さな土地取引のトラブルだろう」程度にしか見てへんかったんやろね。

――孤立無援の状態から、どうやって事態を動かしたのですか?

木村 潮目が変わったのは、ある集会での出会いやった。思想史学者の白井聡さんがゲストの集会で、大阪在住のジャーナリストである西谷文和さんにこの件を相談してん。そしたら西谷さんが書類を見て目の色を変えてね。「木村さん、これは普通にマスコミが食いついてくる案件やで。絶対に大きなニュースになる」と太鼓判を押してくれたんや。

その言葉に背中を押されて、俺はかつて名刺交換をしたきりになっていた、新聞社やテレビ局の記者たちの名刺を引っ張り出してんや。約10社ほどの記者クラブや社会部のデスクへ片っ端から連絡を入れてん。そしたらようやく、毎日新聞、朝日新聞、NHK大阪、共同通信の記者が取材にやってきたんやね。

――記者たちの反応はどうでしたか?

木村:役所の黒塗り書類を見て、「それは確かに怪しいわ。自分たちでも独自にルートを調べてみる」と言って帰っていきました。せやけど、そこからまたしばらく、何の音沙汰もなくなってしもたんや。

ここで分かったのは、大手の新聞やテレビは「怪しい」というだけでは記事にしにくいんやな、ということです。確定的な証拠、つまり「いくらで取引されたか」という具体的な数字が表に出てこないと、上を納得させて紙面に載せることができへん。だったら、彼らが記事を書かざるを得ない「大義名分」をこちらで作ってやるしかあらへん、と。そう考えて思いついたのが、国を相手取った情報開示を求める裁判(提訴)やったんや。

2017年2月8日、提訴と「スクープ」の舞台裏

――裁判を起こすという一手が、メディアを動かす決定打になったわけですね。

木村 同僚の豊中市議会議員であった熊野以素さんが、豊中の記者クラブにいた朝日新聞の記者に「近々、国を相手に提訴する」という動きを伝えたら、その記者がものすごく強い興味を持ってくれたんや。その朝日の記者が事実確認のために塚本幼稚園に電話を入れたんやけど、学園側は「お断りします」という感じで完全にシャットアウト。その頑なな態度が、逆にメディア側の記者魂に火をつけたんや。そして2016年末に、俺たちは正式に裁判を行うことを決意しました。訴状内容は、近畿財務局による国有地売却額の「一部非公開(黒塗り)」処分を不服とし、その金額を「全面公開せよ」と求めるもんやった。

――なるほど。では、朝日新聞の功績はどこにあったのですか?

木村 朝日新聞のすごかったところはな、ワシらがリークしてから数カ月間、水面下で徹底的に独自の取材を重ねてよった点や。近畿財務局やら国土交通省の関係者、さらには不動産の専門家にまで片っ端から当たって、周辺の土地価格を綿密に弾き出しとったんや。せやからこそ、翌日の朝日の記事には、他社にはない決定的な「ファクト」が入っとったわけや。それが、「契約金1億3400万円」っていう具体的な数字やったんよ。

隣にある同じくらいの広さの国有地が約14億円で取引されとったのに、森友への払い下げ額は、わずか1億3400万円。不自然極まりない、どない考えても不当な格安価格やん。この生々しい数字が紙面にドカンと躍ったからこそ、東京の本社やら国会へ一気に飛び火して、野党も「これは中央の政治権力が絡んだ一大疑惑や!」言うて国会で猛追及を始めることになったんやね。

――映画やドラマの華やかな演出とは違って、本当の「スクープ」の原液は、大阪の片隅で役所の黒塗り書類に怒りを覚え、自費でビラを配り、自らの名前で国を提訴した、木村さんという一人の地方議員の泥臭い執念から生まれたものだったんですね。

木村 まあ、映画やドラマはエンタメとして作られてるから、それはそれでしゃあない部分もあるけどな(笑)。でも、実際の現場は、もっと生々しい地味ぃな足の引っ張り合いの連続やで。

森友事件から10年(第2回)安倍首相と松井知事の「蜜月関係」、8億円値引きのカラクリとは(5日公開)へ続く

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